第3話 昇進

虎狼騎士団に入団してからの俺はとにかく仕事に勤しんだ。仲間とは一切慣れあわず、さまざまな雑用から喧嘩の仲裁、時には悪徳商人の拠点鎮圧に駆り出されることもあった。独学で己を鍛え、それを仕事で実践するということを繰り返す。あまりの忙しさに寝泊りのために借りた部屋に帰る暇は正直ほとんどなかった。


また読み書きも練習していた。村にいた十年の間で行ったお手伝いの中で文字を読めるようにはなった(読めないと手伝いするのが難しかった)が、書く機会はなかったため、読めない字を補完しつつも書く練習もした。ちなみに書くための練習道具は町中で売っていた黒板とチョークだ。生憎紙を使い捨てにできるほど生活に余裕はない。


また仕事だけじゃなくアカツキ・クロガネ、俺の憧れであり目標でもある虎狼騎士団の団長についても噂を集めたりもした。どうやらここ数年は活動が落ち着いてきたらしい。十年前には俺が住んでいた村に率先して助けに来るような人だというのは知っていたし、その後もアカツキという男が活動的だというのは情報収集していくなかで知っていた。それが現在落ち着いてきたというのは俺にとっては遭遇する確率が上がるため、ありがたいことではあった。つまり俺がこのまま頑張り続ければ俺はあの人の直属の部下として顔を合わせられる可能性があるということだ。




そういった明確な目的を持ったまま仕事に勤しむこと丸五年。ついに俺のもとに虎狼騎士団王家直属部隊の入隊試験の案内が来た。王家直属部隊とはその名の通り、虎狼騎士団の中で唯一王家と直接顔を合わせられる、まさに虎狼騎士団のトップ組織ともいうべき組織である。ここの団長がアカツキ・クロガネだ。その割には自由人過ぎる過去だと感じるがそこには理由があるらしい。いわく「宣伝のため」だそうだ。彼が動けば動くほど国の評判は良くなる。それは王家にとって歓迎すべきことだ。止める理由はない。虎狼騎士団は王家の剣であって盾ではない。盾となる騎士団は別にいるのだ。


とにかく王家直属部隊に入るためには筆記試験と実技試験という二つの試験に合格する必要がある。筆記試験ではオラクル王国の歴史についてを中心に問われる。自分の仕える国のことをまるで知らない王家直属騎士など笑い者でしかないからだ。他にも数学的な知識も問われるがその辺は普通に過ごしていれば使うような常識の範囲内だから問題ない。実技試験は王家直属部隊の騎士との一対一の決闘だ。たとえ勝てなくても十分な実力があると判断されれば合格になるらしい。


入隊試験を受けることにした俺は試験が行われるまでの一か月間、仕事量を大幅に抑え、試験のための活動をする。オラクル王国の歴史を学ぶために王都内に建てられた国営の図書館に向かう。ここに入るためには身分証明書が必要だが問題ない。虎狼騎士団に入ってすぐ、虎狼騎士団所属であることを証明するカードが発行される。しかし虎狼騎士団の特性上、それだけでは図書館には入れない。誰でも簡単に発行できる証明書で入っていいような場所ではないのだ。


ただこの証明書には虎狼騎士団ならではの特徴がある。それは証明書の中に所属年数が記載されているのだ。所属年数が長ければ長いその人が信頼に足る証となる。そして図書館に入るために必要な年数は最低五年。おかげで俺は無事図書館に入る事ができた。


入った先で広がるのは何十メートルにもなる高さの本棚。それが終わりが見えないほど奥まで続いている。なんでそんなに本があるものなのか不思議だが、俺は目的の本が見つかれば問題ない。というわけで近くにいる司書さんに目的の本を持ってきてもらう。


そうして俺のもとに届いたのは一冊の分厚い本。やはりというべきか使い込まれているようだ。題名は「オラクル王国創世記」。分かりやすくて助かる。ここにオラクル王国が建国されるに至るまでの歴史が記されている。


この本によると、オラクル王国建国のきっかけは海の近くに住む一人の少年が陸地から攻め込んできた海を欲する勢力に立ち向かうために発起したことが始まりらしい。当時戦のノウハウも知らない少年が、海での漁法を戦に生かしたことでその勢力を拡大していき、そのまま町となり、その町の庇護下に入りたがる村々や集落をまとめ上げ今に至る。この時の少年がのちのオラクル王国初代国王フェルナンド・オラクル一世である。またこの少年が王になる前の名前がピアスであったことから王都の名前がピアスという名前になった。


だいぶ中身を端折ったが要約するとこういうことらしい。その時の名残かオラクル王国の王都は独自の港を真北に持っており、ここが王の生まれた港ということで漁獲量を大きく制限して大事に利用しているらしい。


こういったことを主軸にしづつ他にもこの国の他の貴族の歴史についても学んでいく。そんな感じで勉強するうちに集中力が切れてきたため、今日のところはここで切り上げた。しかし家に帰るには早すぎたため、町中でこなせるような仕事を受けることにした。虎狼騎士団の本部に行き、受付で何か仕事がないか聞いてみる。するとちょうどいい仕事があるようだ。依頼内容は「部屋の掃除」だった。つまり雑用。王都直属部隊の入隊試験を案内されるような人材になっても雑用の仕事が来る。これが虎狼騎士団クオリティである。


そんなわけで俺は依頼主の家へと向かった。メインストリートをはずれ、裏路地をいくつも通った末、行きついた場所は一軒家。ただし至る箇所がボロボロで、素人目で見ても改修工事が必要なことがわかるようなボロい家だが。


「すみません、依頼を受けた虎狼騎士団所属のセイドです」


建付けの悪そうな玄関扉をノックしながら家主に語り掛ける。すると見た目のイメージ通りのギイという音を立てながら扉が開く。すると出てきたのはこの家の雰囲気に合った、どこかみすぼらしい恰好をした髪も髭のボサボサの初老に近いおじさんが出てきた。それだけなら何も特別なことはない。しかし俺の内心は穏やかではなかった。


(まさかこんな場所で。それもこんなにみすぼらしい恰好で。何よりこんな輝きがないはずが。でも俺の勘が、本能が明確に告げている。この人は……)


「お、思ったより早かったね。じゃあ早速……」

「アカツキ、さん…」

「!?」


そこにいたのは俺の憧れた姿からは大きくかけ離れた状態のアカツキ・クロガネだった。

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