第2話 入団
アカツキという男に助けられてから丸十年。俺はひたすらに鍛錬した。まわりに武闘派なんていないし、親からは反対をされたこともあって満足な環境での鍛錬とはならなかった。心なしか家の手伝いの時間も増やされた気がする。それでも俺は隠れたところで、具体的には農業で使う鍬をアカツキが手にしていた武器、刀に見立ててひたすら振り下ろしていた。
本来ならアカツキの真似をしたいところだが目で追えなかったため、イメージでしか練習できない。丸十年の中で自分なりの反省をしながらなんとか自己流で獲物を振り回せるところまでは鍛えられたように思う。そして十年経っても両親を説得することは叶わなかった。
また十年の間で情報収集することも欠かさなかった。元々村人たちとの付き合いはそこまで深くなかった。ご近所付き合いを多少する程度だった俺がいろんな村人と話したり、外部からくる商人たちから話を聞くことで村の外の情報を集めていた。時には大人たちの手伝いをして小遣いを稼ぐことも忘れない。村を出る心づもりならお金は必須である。またその過程で自己鍛錬の仕方も聞けたのはよかった。おかげである程度の指針を決めながら鍛えることができた。
同い年の奴らからも話を聞いたりしたが、決して自分の夢の話はしなかった。自分の両親が反対してこなければ周りにも話していたかもしれない。両親からの反対が、俺を用心深くしたのだろう。
俺が丸十年待ったのは理由がある。それは虎狼騎士団の入団に関係する。アカツキが団長を務める虎狼騎士団は入団試験というものはない。しかし年齢制限はある。そのボーダーが十五歳。それさえクリアすれば来るもの拒まずという豪快な騎士団である。ただそれには当然理由がある。それはカバー範囲。同じ虎狼騎士団でもトップは王族を守る誉れ高い立場だが、末端になると逃げた飼い猫を捕まえたり、街中のごみ拾いをしたりといった半ば雑用のような仕事ばかりを押し付けられる便利屋のように扱われる。
末端でも不当といってもいいような扱いの中でいかに頭角を表すことができるか、それが昇進するために重要になってくる。一見すると新入りに希望がないように思えるが、そうとも限らない。何せうちの村も属しており、虎狼騎士団の使える国であるオラクル王国はしっかりと身分制度が採用されており、多少なりとも選民思想というものがある。そんな国で、国の軍事力ともいえる騎士団に入るには本来、多少なりとも身分の保証された存在である必要がある。逆に言えば、身分が保証されない人材は受け入れがたい。しかし機会損失はしたくないという国のワガママを叶えるための受け皿が虎狼騎士団なのである。
まあそんなこと、俺にはどうでもいい。俺が憧れたのは一人でみんなを助けるヒーローみたいなあの人の背中。別にどこの所属かなんてどうでもいい。あの人がいる場所で、あの人みたいになりたいから俺は虎狼騎士団に入るのだ。
そんなわけで俺は今、オラクル王国の中心地、国王が直接統治する王都に向かう旅商人の馬車の中にいた。ん?いろいろすっ飛ばしすぎだって?それはそう。というわけで軽く事情説明。
といってもこれといって難しいことはない。村に寄ってくれた馬車に乗せてもらっただけだ。しかしちょっとした嘘をついている。「両親に王都でちょっとした仕入れをしてほしいと頼まれた」と伝えたのだ。俺の夢を知る両親が当然こんな頼み事をしてくるはずはない。しかし俺が王都に連れてってもらうように頼んだのはそういった事情に疎い、ほとんど村に来たことのない商人だ。もちろん狙った。
ちなみに王都まで送ってもらうための対価としてお金を相場より多く渡しておいた。大人たちの手伝いによる小遣い稼ぎはこういう時に役に立つ。それでも手持ちには多少余裕がある。王都に入るときにお金を取られるし、宿に泊まるためにもお金は必要なのでお金は余裕があるくらいがちょうどいい。
つまり俺は今家出をしていることになる。申し訳ない気持ちもないわけではないが、かといって俺の気持ちに寄り添おうともしない両親に遠慮する気もない。この十年間でついには説得することはかなわなかったが、最悪俺が出世すれば両親に逆仕送りをすることだってできるだろうという打算があったりもした。今段階では皮算用でしかないが。
「本当に王都に着いたあとはその場解散で良かったんすよね?」
「うん、目的地はわかるから大丈夫」
そういって俺を乗せてくれた旅商人の青年ベイショが話しかけてくる。それに対し俺は軽く頷きながら答える。相手は俺のことをほとんど知らないため、俺は多少猫を被っている。多少お利口さんでいないと両親からの頼みごとに素直を答えていることに違和感を持たれてしまう。
そんなわけでお利口さんを演じながらも眩しい日の光に照らされた平和な道を進む。そして特にこれといったトラブルもなく無事王都にたどり着いた。王都に入るための玄関口、通称南門で列に並んでいるとだんだん自分たちの番が近づいてくる。そして自分たちの番になったので通行料をベイショが渡す。俺の分は事前にベイショに渡しておいたので俺の分もまとめて払っておいたのだ。
門をくぐったあとすぐにベイショと別れて俺はまっすぐガイドマップを探す。王都は当然のように人の往来が激しいうえに多いため、外から来た人々がある程度場所を把握しやすいように要所要所でガイドマップが立てられていた。そして俺はそのことを事前に知っていた。村に来る商人たちは王都のことをちょくちょく話題にするなかで王都での過ごしやすさについても語っていたのだ。ちなみにガイドマップの存在を知っているだろうと思われるベイショが俺を案内しようとしてきたのは、ガイドマップに載っているのがあくまで公共の施設だけのためだ。俺がお使いに行くであろうお店は載っていない。
町中を歩く中で見つけたガイドマップに従い俺が向かったのは虎狼騎士団の本部。正面から本部である建物を見てみると、灰色のレンガ造りで特に飾り気のないシンプルな建物であることがうかがえる。扉部分だけは木造の両開きのドアで、そこを開けるとお酒の匂いが漂ってくる。目の前ではのん兵衛どもが酒を飲みながら駄弁っていた。
「なるほどね」
そう呟く俺の侮蔑の感情を察知したのか、はたまた酔っ払い特有のだる絡みかはわからないが、数人の虎狼騎士団の兵士と思しき男たちがこちらに向かってくる。
「おいガキ。ここはお前みてーなもんが来るとこじゃねーよ」
「それとも迷子かい?ならここに来てもお前のかーちゃんはいねーよ」
そんな男どもを俺は無視して入団手続きのための受付に向かう。しかしそんなことをすれば酔っ払いたちのとる行動は一つ。
「無視してんじゃねー、クソガキ!!」
背中を見せた俺に向かって殴りかかってくる。そしてこれが俺の狙いだ。現在十五歳の俺の体格では真正面から向き合っても敵わない。となるとできることは限られる。それが不意打ちだ。別にこちらが先に攻撃しなければ不意打ちではないという決まりはない。相手の虚を突く攻撃を不意打ちという。なら相手の攻撃を予測したうえでのカウンターもまた不意打ちになりうる。
急速に振り向き拳を躱す。その勢いのまま顔面を的確に殴る。そこから吹き飛ぶ男。これが俺にとって初めての対人戦。にもかかわらず全く抵抗がない。恐怖もない。
正直なんとなく自覚はしていた。自分が初めて憧れを抱いた日。そこから目的を遂行するために過ごした十年間。まわりの同年代の奴らの様子と自分自身。大きな隔たりがあることは自覚していたが、それでもこれが俺だと無理やり納得していた。
でも違った。俺が周りと違うことは関係ない。ただ壊れているんだ。人が本来持つべき安全装置のようなものが。
村が野盗たちに襲われたとき、何の根拠もなく大人たちに紛れて野盗に立ち向かおうとしたこと。目の前で犠牲になる人たちを見て勝算もなく命を投げ捨てたこと。あのとき俺が確かに持っている必要のあった恐怖心がまるでなかった。恐怖心とは本能が自分の身を守るための警報装置であり安全装置だ。
でも俺は生まれてこのかた、一度もその警報が鳴ったことはない。これで単なる馬鹿なら犬死にするだけだが、俺は知識を蓄えてしまった。知識は剣にも盾にもなりうる。
例え経験はなくとも人間にはイメージトレーニングという手段がある。虎狼騎士団に入った先で対人戦が必要なことはわかっていた。ならばそのシミュレーションをするのは当然のことだ。ただ今回のことでいえば想定していた仮想敵が強すぎたらしい。想定していたのは自分より少し強い自分。ただこのやり方を思いついたのは今から五年前。五年間これを続ければいくら素人スタートでも酔っ払いどもを軽くあしらえるくらいの実力はついていたようだ。
その後残りの酔っ払いどもも吹っ飛ばされた仲間に気を取られているうちに仲良く吹っ飛ばす。こうして強烈な印象をまわりに抱かせた俺はそのまま何事もなかったかのように受付に向かい、無事入団手続きを済ませるのだった。
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