百年剣聖のセカンドライフ
荒場荒荒(あらばこうこう)
剣聖になるまでのファーストライフ
第1話 憧れ
辺境の農家の家に生まれた一人息子、そのまま家業を継いで平凡な人生を送る予定だった男、それが俺、セイドという男である。俺はそれが当たり前だと思っていたし、何か夢を抱くきっかけが起こるような何か特色のある村でもない。正直両親に憧れることもなかった。良くも悪くも平凡。安定感もまた魅力。だが子供にはそんなわかりづらい魅力は目につかず、子供ながら退屈な日々が続いた。しかしある事件がきっかけで平凡からかけ離れた人生を歩むことになる。
それは俺の五歳の誕生日当日。うちは辺境の小さな村の平凡な家庭。いくら一人息子といえども豪勢に祝う余裕はうちにはない。いつもと同じように一日を過ごし、夜ご飯の内容もいつもと変わらず農家らしい野菜を主体とした料理を味わう。ただ普段より心なしか品数は多い気がする。これが両親なりのお祝いの気持ちだ。どこか心が温かくなるのを感じながら家族の団欒を楽しむ。
そうしてどこかあっさりしつつも穏やかな誕生日を過ごした夜、うちの村に野盗たちが襲撃してきた。幸い寝静まる前だったため、村人たちもすぐ気づき対応する。しかし村人は食べるために獣を狩ることはあれど、対人戦においては素人。そして武器も野盗のもののほうが質はいい。状況は急速に悪化していく。
「女子供は生け捕り、男どもと老いぼれどもは遠慮なく殺せ!」
「オラオラオラァ!どうしたどうしたぁ!こんなもんかよぉ!!」
「くっ、戦えない奴らは逃げろ!」
「このままじゃまずい、とにかく少しでも相手に手傷を負わせろ!」
村の男衆がなんとか守ろうとする中、女子供は村から出て少しでも遠くに逃げる。その中には当然俺もいた。最初は父さんと一緒に加勢しようとしたが五歳の少年を戦わせようとするほど薄情な親ではなかった。
そうしてなんとか村の外に出ようとしたが進行方向に人影が見え、嫌な予感がする。
「おっと、どこへ行く気だ?」
向かう先には一人も逃がさんといわんばかりに野盗たちが先回りしていた。
「お前らに逃げられるとこっちも都合が悪いんだ。ここで大人しく捕まってくれよ!」
そういって力ない女子供にも容赦なく襲い掛かってくる。無抵抗に気絶、または殺されていく村人たち。自分の中で何かが切れた音がした。
「やめろおおおおお!!!」
「ん?なんだこのガキ」
気づけば野盗のうちの一人、おそらくこの場を仕切っているであろう男の足元にしがみついていた。生まれてこのかた、ろくに喧嘩もしたこともない五歳児。よく防衛側にまわろうとしたなといわれそうなほどお粗末な抵抗。自分の中の荒れ狂う気持ちに動きが伴わない。当然のように蹴飛ばされ、剣先を向けられる。
「いいか、ガキ。弱肉強食ってのは動植物に限ったことじゃねー。人間だって弱肉強食の世界なんだよ。そして今この場においてお前らは弱肉だ。おとなしく死んどけ!」
そういってこちらに向けていた剣を振りかぶり、刃がこちらに向かってくる。五歳児ながらも確かに目の前にある死を実感しようとした瞬間、寸前で何かが遮り俺が死ぬことはなかった。思わず目を閉じた中で響く金属同士がぶつかる音。
「なんとか間に合った、といえる状況ではないけど、最低でも若い芽を摘むのを阻止することはできたみたいだね」
ゆっくりと目を開けると十字型にクロスするかたちで拮抗する剣が二本。ただ自分側の剣は刃が片側しかない。このときは知らなかったが、この武器は刀と呼ばれるものらしい。
視線を刀の持ち主に移すと、銀の鎧に身を包んだ騎士がいた。白髪交じりの無精髭を生やした渋い男で精悍な顔つきだが、そんな顔に反してどこか柔和な雰囲気を纏っており、この場に現れただけで得も言われぬ安心感を抱かせてくれる。
「オラクル王国虎狼騎士団団長アカツキ・クロガネだ。民を守る責務を負うものとして、この状況を看過することはできない。おとなしくしてもらうよ」
その次の瞬間、野盗たちが目にもとまらぬ速さで次々気絶させられていく。どこか現実離れした目の前の光景は、平凡な人生を送る予定だった農家の一人息子の人生設計が大きく狂った瞬間だった。
目の前の脅威が消え去ったことで俺は別の懸念すべきことを思い出した。
「あ、あの!向こうに、お父さんが!」
まだ気持ちが落ち着いていないせいか、要領を得ない説明になってしまう。しかしそんな俺の心情を悟ってか、優しい笑顔で語りかけてくれる。
「ははっ。大丈夫。向こうには僕の仲間が助けに向かった。今頃野盗たちは鎮圧されているだろう。お父さんに会いに行くか?」
そういって手を差し伸べてくれる。その手にひかれて村人たちが戦っていた場所に向かうと、そこにはアカツキと名乗った男と同じ格好をした人達がすでにその場を制圧した後だった。アカツキと違うのはその手に持つ武器が普通の剣であることくらいだ。その中の一人がこちらに向かってくる。
「団長!勝手に動きすぎです!何度言ったらあなたのその独断専行癖は直るんですか!?」
「いやー、ごめんごめん、ミサ君。ついつい助けちゃうんだよねぇ」
「野良猫拾う感覚で人助けしないでください。振り回されるのは部下である私たちなんですよ」
アカツキに詰め寄って責めるのは明らかに年下と思われる女性。長めのブロンドヘアーを後ろ結びにした線の細い女性で、五歳児ながらも自然と綺麗という言葉が出てくるような人形のような人だ。ただそんな綺麗な人の怒り顔は素直に怖い。
「あの。この人は俺たちを助けてくれたから。その、いじめないでください」
これが五歳児である俺の拙い抵抗。命の恩人が怒られる姿がまるでその人を否定されているように感じたからこその行動。二人の間に割って入って両手を広げるようにしてなんとか恩人を守ろうとする。
そんな俺の態度に軽く驚いた様子を見せたあと、ミサと呼ばれる女性は目線を俺に合わせて諭すように話しかけてくる。
「あのね。別に団長の行動が間違っているといっているわけじゃないの。ただこちらも自分たちの上司に突発的に動かれちゃうとこっちは必要な準備すらできないって話。あなたたちを守るために必要な準備をさせてくれないから怒っているのよ」
そういわれてどこか納得してしまったため上手く止めきれず再びアカツキへのお説教が再開されることになるのだった。
お説教がひと段落したころ村人たちもなんとか落ち着きを取り戻し、助けてくれた虎狼騎士団は拠点へと戻る。その後ろ姿を、正確にはアカツキの背中を眺めながら俺は決意する。俺は、俺を守ってくれたあの人みたいになると。
この瞬間、俺の人生が平凡なものではなくなった。
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