51 わたくしの味方

「………………………………」



 一瞬、アーサー様がなにをおっしゃっているのか分からずに、わたくしは目を白黒させて押し黙った。

 全身が強張って少しも動かない。


 えっと…………、

 今…………、

 なんて…………?


「その……済まない。君には黙っておいたほうが良いかとも思ったのだが、また過去の二の舞いになれば取り返しのつかない事態になると思って……」


「ハ……ハリー殿下、が…………?」


 わたくしは絞り出すようにやっと声を出す。頭が真っ白になった。身体が火照ったかと思うと急激に冷えてきて、ぐらぐらと目の前の景色が歪んで見えた。


 ハリー殿下が第一王子の味方……?

 そんなの、信じられない。

 そんなことって……。


 ふらつく身体をアーサー様が肩を持ち抱えて支えてくれる。彼は私の耳元でそっと囁いた。


「君が動揺する気持ちも分かるよ。私だって嘘であって欲しい。だが……ほら、覚えているか? 前回、サマーパーティーで君がなかなか現れない第一王子を探しに行ったとき――」

 


 ……ぼんやりと前回の人生の記憶が浮かんできた。


 最高学年になったときのサマーパーティー。

 わたくしには婚約者である第一王子がエスコートをしてくれるはずだった。でも、いくら待っても彼はわたくしの前に現れなくて、しびれを切らせて校内を探しに行ったんだっけ。


 結局見つからずに、わたくしはご厚意でエスコートしてくださったハリー殿下とともに、意気消沈とパーティー会場に足を踏み入れたんだわ。そのあと、一人ぼっちのわたくしを小馬鹿にするかのように、第一王子と男爵令嬢がねっとりと腕を絡ませながら一緒に入場してきて、どんなに悲しくてどんなに屈辱的だったか……。


「あのとき、君は図書館にいた第二王子に第一王子の行方を聞いただろう?」


「えぇ……パーティーがあるのに課題が終わらないって、調べ物をされていた第二王子殿下に第一王子殿下の居場所を伺いましたわ」


 たしかに、わたくしはハリー殿下に第一王子の行方を訊いた。

 そのとき彼は「生徒会室のほうへ向かって行くのを見た」って答えて、わたくしの手を取って「一緒に探しに行こう」って半ば強引に外へ連れて行ったのよね。そこに第一王子はいなかったのだけれどね……。

 

 アーサー様は頷いて、


「たまたま子爵令息が見たらしいのだが、実はそのとき第一王子は男爵令嬢と一緒に図書館の資料室にいたんだ。それで、第一王子が扉を少し開けて第二王子に君を向こうに連れて行くように目配せをしていた、と」


「そんな……」


 にわかに悪寒が走った。

 ……思い起こせば、あのときハリー殿下はなんだか急いでいるような……焦っているような雰囲気だったわ。そもそも、サマーパーティー当日まで課題をこなさなければならないくらい大変なら、一分一秒でも時間が惜しいはずだわよね。

 それは、わたくしが第一王子のいる場所を突き止めそうだったから? 課題は口実だったの?

 

「他にも――」アーサー様はわたくしの瞳をじっと見つめる。「他にも、思い当たる節はないか? 私の調査によると、どうやら第二王子は第一王子と男爵令嬢の密会の手助けをしていたようなんだ」

 

「…………」


 わたくしは凍り付いた。額に汗が滲む。息が苦しかった。


 ハリー殿下が二人の密会を協力していたですって?


 ……では、前回の人生で彼はわたくしの心配をする振りをして影では第一王子たちと一緒になって、わたくしを嘲笑っていたということなの?

 そんなのって――……。


「そっ……そう言えば、第一王子殿下が男爵令嬢と一緒にいて、わたくしが一人にならざるを得ないときは、いつも第二王子殿下が丁度いい頃合いに現れてエスコートをしてくださったわ……」


 婚約者のいる身で一人ぽつねんと佇むわたくしは酷く惨めだった。でも、そんなときはハリー殿下が颯爽と現れてエスコートを申し出てくれて、とっても嬉しかったっけ。

 彼だけは常にわたくしの味方で、わたくしのことをいつも心配してくれて……それに当時からなんでも話せる仲だったし、彼の顔を見るだけで気持ちがほっと落ち着いたわ。


 それが……全部、嘘…………?

 

 アーサー様はわたくしの顔に近寄って声を潜めた。


「第二王子がシャーロット嬢と共にいるときに、第一王子は男爵令嬢と密会していた。――それに、どうやら第一王子の指示で、第二王子は他にも男爵令嬢が有利になるように水面下で動いていたようなんだ。彼らにいいように利用されていたんだよ、君は。……第二王子も無実の君の断罪に加担していたんだ。第一王子たちと一緒になって」


「わっ、わたくしは……」


 揺らめく頭の中を走り抜けるように前回の人生の記憶を辿る。

 アーサー様に指摘された通り、今思えば首を傾げるようなことが何度かあった。わたくしが第一王子に無視をされて一人で困っている時に、第二王子の現れるタイミングが良すぎるのだ。

 あの時も、あの時も、あの時も……全て三人で示し合わせていたの…………?

 

 数滴の涙が床に落ちた。

 なぜなの?

 ハリー殿下は最初からわたくしを裏切っていたの?

 じゃあ、なんでわたくしのことを好きだとおっしゃったの?

 今回もわたくしのことを第一王子と一緒になって陥れるつもりなの?


 

「可哀想に、シャーロット嬢……」


 アーサー様がわたくしの手を取って、握っていたハンカチでわたくしの涙を拭った。柑橘類の甘い香りが瞳に沁みた気がした。にわかに頭がぼんやりとしてきて、夢を見ている気分だった。


「……だが、心配しなくても大丈夫だ。私がいるだろう?」


「アーサー様、が…………?」


 彼はニッコリと微笑む。その穏やかな表情になんだか安堵感を覚えた。


「私はシャーロット嬢の味方だ。前回の人生と同じ轍を踏まないように、君を助けたい。今度こそ幸せになろう」


 陽炎のように滲む視界がアーサー様の優しい笑顔を捉える。彼はおもむろに懐から小瓶を取り出して蓋を開けた。甘ったるい香りが広がって、気持ちが落ち着くような高揚するような、妙な感覚になった。


 頭がクラクラする。


「……………………」


 そうだったのね、危うく騙されるところだったわ。

 きっと第一王子も……第二王子も、今回もわたくしを断罪して処刑するつもりなのね。


「君の味方は私だけだよ」


 わたくしはゆっくりと頷いた。


 そうなんだわ…………わたくしの味方はアーサー様…………だけ………………。


 

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