14 第二王子の訪問

「公爵、突然済まない」


 応接間に通されたヘンリー第二王子は申し訳無さそうに頭を下げた。


「どうか頭を上げてください。王子殿下自ら拙宅へお越しになるとは、恐れ多いことでございます」


 お父様が頭を垂れる。隣に座っているお母様とわたくしもそれに倣った。


「急な訪問のお詫びと言えばなんだが……」


 第二王子が片手を上げると後ろに控えていた侍従が30センチくらいの箱を持ってきた。王子が丁寧にその蓋を開ける。


「ふぁあぁぁっ! チェリーパイっ!」


 わたくしは興奮して中を覗き込んだ。宝石のようなそれが目に飛び込んで来る。

 間違いない、王宮のチェリーパイだわ! 美しい!


「シャーロット」


 お母様がわたくしの手の甲をピシッと叩いた。それが合図のようにはっと我に返る。


「し、し、失礼致しました……」


 わたくしは顔を真っ赤にさせていそいそと席に着いた。

 しまったわ。王宮のときと同じ失敗をしてしまった。だってチェリーパイがあんなにキラキラと輝いているんですもの。

 目の前の第二王子をちらりと見やると、彼はくつくつと笑っていた。


「相変わらず面白いね、君は。そんなに王宮のチェリーパイが美味しかったのかい?」


「はい……」と、わたくしは消え入りそうな声で答えた。お父様はため息をついて、お母様は眉間に皺を寄せていた。


「でも喜んくれてこちらも嬉しいよ。王宮の料理人に君の話をしていたらとても感激していた。ホールごと持って来たからたくさん食べてくれ」


「はい! ありがとうございます!」


 やったわ、今日はチェリーパイ祭ね。屋敷の皆にもこの幸せをお裾分けしなきゃ。




「――コホン!」


 その場の空気を一新するかのように、お父様が大きな咳払いをした。

 わたくしはさっと姿勢を正す。いけないいけない。またもやチェリーパイの誘惑に負けるところだったわ。


「第二王子殿下、本日はどういったご要件でしょう?」


「そうだったな。早速、本題といこうか。公爵も知っていると思うが、兄上がシャーロット嬢との二回目のお茶会を所望した」


「ええ、存じ上げております。陛下から仰せ付かりましたから」


 第二王子は頷いた。

「そうだ。だか、その前にシャーロット嬢とは私と一度お茶会を行うことを約束した。それは兄上との二度目のお茶会より前が良いだろうと失礼を承知で本日訪問した限りだ」


「なるほど。確かに私は二人の王子と平等にお茶会をと申し上げて、陛下も承諾していただきました。ですが、第一王子殿下とのお茶会の際に第二王子殿下も同席したと伺いました。それでお二人と公平にお茶会をしたものと考えていたのですが」


「あ、あのときは僕は兄上のおまけだったからシャーロット嬢と碌に話ができなかったんだ!」


 第二王子が矢庭に気色ばんだ。

 あらあら、痛いところを突かれて怒るだなんてまだまだお子様ね。一人称も僕になっているし。

 わたくしは微笑ましい気持ちで彼を眺めた。


「娘からはお二人とも会話をしたと伺いましたが。今、殿下と娘がお茶を飲んだらそれこそ公平ではないのでは?」


 お父様はけんもほろろに第二王子を一蹴した。


「ぐっ……」


 第二王子は涙目だ。お父様ったら、子供相手に大人気ないわ。


「ならば……要件だけ一言伝えてすぐに帰宅する! ――シャーロット嬢!」


 第二王子はおもむろに立ち上がってわたくしの前へ向かい、そして跪いた。


「えっ!? ええっ!?」


 わたくしは頭が真っ白になった。

 え、なにをなさっているの?


 第二王子はわたくしの手を取りまっすぐに見つめてきて、

「シャーロット嬢。どうか兄上ではなくて、私と婚約して欲しい」



「…………………………はい」


 しばしの沈黙のあと、わたくしは頷いた。

 しかしそれはただ本能的に反応しただけで、頭の中は乱れた糸のようにぐちゃぐちゃで大混乱だった。胸に早鐘が鳴って、にわかに全身が熱くなった。


 これは、求婚ということよね? わたくしでいいの? 前回の人生で悪女と呼ばれて処刑台に立った女よ?


 でも、純粋に嬉しかった。第二王子は前回の人生で唯一のわたくしの親友で、そして最後までわたくしを救おうとしてくださった方だから。

 ……彼となら、生きていけるわ。



「お待ちくださいっ!!」


 ふわふわして雲の上にいるような気分のわたくしをお父様の一声が現実に戻した。


「な、なんだ公爵」


「殿下、この求婚は陛下に許可をいただいたのですか?」


「いや……それは…………」

 第二王子は口ごもった。


「国王陛下の承諾なしに我々だけで決定するのはいかがなものでしょうか? 第二王子殿下も娘もまだ成人していませんので、保護者の管理下に置かれています」


「っつ……」

 第二王子は唇を噛んだ。


「お、お父様! わたくしも第二王子殿下と結婚したいです! ね? いいでしょう?」と、わたくしも懇願する。

 第二王子の悲しそうな表情がにわかにパッと明るくなった。


「駄目だ。すぐには決められない。王侯貴族の婚姻は政治的な側面も絡んでいるとシャーロットも習っただろう?」


「そんなぁ……」


「そういうことですので、殿下。まずは陛下にお話を。よろしければ私も同席しましょうか?」


「いや……いい」と、第二王子は投げやりに片手を上げた。「私が早計だった。城へ戻って父上に話してみるよ」



 こうして、第二王子は意気消沈に帰路に就いた。


 わたくしはなにも言えずにただ彼を見つめるだけだった。

 でも、胸はぽかぽかしていた。中心からじわじわと暖かくなるかんじ。


 殿下は、わたくしのことを好いてくれいるのかしら。

 ……もしそうだったら凄く嬉しいわ。

 今日の彼の行動はたしかに早計だったかもしれないけど、その気持がとても胸に響いた。


 

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