13 お父様との攻防

「お父様! お願いします! 今すぐ! 今すぐわたくしを領地へお引越しさせてくださいませっ! 早くっ!!」


 わたくしはお父様の足にすがりついて懇願するが、お父様は絶対に首を縦に振らない。


「ロッティー……何度も言っているけど、それは無理な話だよ。第一王子が直々に次のお茶会を打診してきたんだろう? それを意図的に避けるような真似をしたら王家の不興を買うかもしれないよ?」


「そ、そこはお父様が上手いこと言ってくださいな」


「こればかりは厳しいねぇ」


「むぅっ……」


 わたくしは口を尖らせた。しかしお父様は困った顔をしてただわたくしを見つめるだけだ。






 わたくしたちはここ数日間、同じ攻防戦を繰り広げていた。

 きっかけはダイアナ様だった。わたくしは唯一の友人である彼女に第一王子との婚約を回避したいと相談しに行ったのだ。



「まぁっ! では、シャーロット様はエドワード第一王子と結婚したくないの?」


「当たり前じゃない! 王子なんてこちらから願い下げですわ!」


「でも、第一王子はシャーロット様と婚約をしたい、と」


「それは分からないわ。ただ次回のお茶会を提案してきたのよ。わたくしはもう王宮へさえ行きたくないのに」


 ちょっとだけチェリーパイが頭をよぎったが心を鬼にして振り払った。


「あらぁ……」


 ダイアナ様は口元に両手を当てて言葉を噤んだ。


「ど、どうなさったの?」


「実はちょっと小耳に挟んだのですが、第一王子はシャーロット様以外の令嬢とのお茶会は一度きりで打ち切ったとのことで――」


「きゃあぁぁぁっ!! なんですってええぇっっっ!!」


 わたくしはバイロン邸の隅々に聞こえるくらいの大音声で叫んだ。その淑女あるまじき態度にダイアナ様は呆気にとられている。


「ご……ごめんなさい…………」


 我に返ったわたくしは恥ずかしさのあまり赤面して縮こまった。


「……ぷっ……うふふふふ」


 ダイアナ様はおかしそうに笑いはじめた。


「ふふっ……ごめんなさい。シャーロット様ったらとってもお茶目で可愛らしいんですもの。きっと第一王子もそんなところが気に入ったのね」


「そんなこと……ないと思うけど…………」


 わたくしはお茶会での失敗談や平凡な令嬢をアピールしたことを話した。


「それが逆効果だったのよ。ほら、前も話したけど王子様って令嬢の憧れじゃない? だから普通は結婚したいアピールをするわ。だけどシャーロット様はその正反対を行ったから逆に第一王子の気を引いてしまったんじゃないかしら?」


「わ、わたくしの作戦失敗なの……?」


 頭を拳でガツンと殴られた気分だわ。まさか裏目に出たなんて。わたくしの馬鹿! 考えなし!


「それにヨーク公爵家は国王派の筆頭ですしねぇ」


「確かに政治的な面も絡んでいますわね……」


 前回の人生ではアルバートお兄様の襲撃がきっかけとなって一気に婚約へと進んだ。今も前回のときと派閥の情勢は変わらないし、王家としてもヨーク家との結びつきを強めたいのかもしれない。


「それにしても、ダイアナ様は好きな殿方がいるの一言でよく終了しましたね。バイロン侯爵家も国王派の中でヨーク家と同じくらいの立ち位置ではありませんこと?」


「あぁ、それね」ダイアナ様はしたり顔をした。「あたくしは幼い頃から王宮に出入りしていて王子たちとも顔見知りなのよ。幼馴染ってものかしら? だから互いの性格は熟知しているし、なによりあたくしは王妃様と相性が悪いのよねぇ。だから第一王子もすんなり引き下がったんだと思うわ」


「そうだったのですね」


 これでやっと分かったわ。前回の人生でもなぜ第一王子と近いダイアナ様が婚約しなかったのか不可解だったのよね。

 第一王子はおそらくダイアナ様とは性格が合わないってはじめから分かっていたのね。

 それに、王妃様と馬が合わないのは大きいわ。王太子妃教育は王妃様が直々に教鞭を執るもの。あれはとっても厳しくて大変だったわ……。


「それでも……」


 わたくしはぎゅっとドレスを掴んだ。諦めては駄目だわ。できる限りのことをするのよ。


「それでも、わたくしは第一王子と婚約したくないのです。ダイアナ様、どうかお力を貸していただけませんか……?」


「そうね……」


 ダイアナ様はしばし考え込んで、


「そうだわっ!」


 ポンッと両手を叩いた。


「シャーロット様、あなた領地に向かいなさいな。病気療養とか適当な理由を付けて。そうね、できれば長い間がいいわ。それこそ王立学園へ入学する前まで。そうしたらさすがに王家も諦めるでしょう」


「それだわっ!!」


 わたくしはまたぞろ大声で叫んだ。

 素晴らしいアイデアだわ! ヨーク公爵領は王都から馬車で一週間以上かかるから簡単には来られない。ほとぼりがさめるまで、そこで冬眠中の熊のようにじっとしているの。婚約の儀式は本人がいないと成立しないからね。学園入学まで4年も領地に引きこもっていたらさすがに王家もわたくしのことを忘れるでしょう。


 そうすれば、善は急げよ。早速お父様にお願いしなくちゃ!


「ダイアナ様っ!」


 わたくしは勢いよくテーブル越しに身を乗り出して彼女の手を握った。


「ありがとうございます! 名案だわ! すぐにでもお父様に直談判したいので今日はお暇しますわね。本当にありがとう!」


「シャーロット様のお役に立てて光栄だわ。上手くいくといいわね」


「えぇ! では、ご機嫌よう!」


「あ、待って! こちらをアルバート様に――」





 こうして、わたくしはダイアナ様の知恵を借りてお父様に領地へ戻りたいと懇願しているのだが……、



「駄目だ」



 お父様は頑として首を縦に振らないのだった。


「なぜです! いいでしょう? わたくしの故郷はヨーク公爵領です。生まれた地に帰るのはおかしくないでしょう!?」


「タイミングが最悪だよ。第一王子との婚約話が落ち着いたら大丈夫だが――」


「ですから、その婚約が嫌だから領地へ逃げるのですっ!!」


「ロッティー、我慢しなさい。お前はヨーク家の令嬢なのだろう?」


「お父様、ちょっとお茶を飲むだけだっておっしゃっていたではないですか! お父様の嘘つきっ!!」


「なっ……! 仕方ないだろう。私だってまさか第一王子がお前を気に入るとは思わなかったんだから……いや、こんなに天使のようなロッティーなら誰でも心奪われるか…………?」


「お父様っ!!」


 数日前からずっと平行線で話が全然進まない。

 もうこうなったら、深夜にこっそり屋敷を飛び出して単独で領地へ向かおうかしら。




 わたくしたちが口論を続けているとき、


「旦那様! 大変です!」


 執事のジョンソンが酷く慌てた様子で扉を開けた。


「どうしたんだ、騒々しい」と、お父様が眉をひそめる。


「も、申し訳ありません……ですが、お客様が」


「お客様? 先触れもなしに一体誰なんだ」


「第二王子殿下でございます……」



 わたくしもお父様も息を呑んだ。

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