12 王子たちとのお茶会
「ご機嫌よう、第一王子殿下、第二王子殿下。わたくしはヨーク公爵家の長女シャーロットと申します。本日は王子殿下直々のお茶会へのお招き、至極光栄にございます」
わたくしは作法通りのカーテシーをするが――、
「ひゃっ!」
緊張と動揺のあまりぐらりとバランスを崩してしまった。
勢いあまって倒れそうになるが、剣の稽古で鍛えた体幹でぐっと伸びるようにもとの位置に戻った。
……ふぅ、剣術を習っていて良かったわ。わたくしったらいつの間にか強くなっていたのね。この調子で断罪されたときに王太子と戦えるように頑張るわ。
王子二人は少しの間唖然として、
「「あはははははっ!!」」
二人揃って笑いだした。
わたくしは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。
べ、別に腹を抱えて笑わなくてもいいでしょっ。第二王子なんてわたくしに向かって指を差すという王族にあるまじき態度だし。こういうところは前と変わらないわね。
「……失礼、ヨーク公爵令嬢。そんなに畏まらなくてもいいよ。今日はもっと気軽な会なんだからさ」
「兄上の言う通りだ。シャーロット嬢、僕たちとはもっと気楽に話してくれ」
二人の王子はにっこりと笑ってみせる。わたくしは不覚にもどきりとした。
第一王子は淡い金色の髪で第二王子はオレンジ掛かった濃い金髪。瞳は第一王子が輝く日輪のような黄金で、第二王子が澄んだ空のような碧だ。
共通するのは彫刻のような整った顔で、一目見たら誰もが目を見張るような美しさだった。兄弟は似ているが、第二王子のほうが若干可愛らしい顔立ちだ。
そんな二人に微笑みかけられたらちょっとドキドキしてしまうわ。
いけない。第二王子はまだしも、第一王子はわたくしの宿敵よ。甘いマスクに絆されてはいけないわ。
「お気遣い痛み入りますわ、殿下」
わたくしは改めてカーテシーをした。
今度は前回の人生で国一番の令嬢と呼ばれた完璧な淑女の礼だ。これで汚名返上よ……って、駄目じゃない! 今日は残念な令嬢を演じるんだったわ!
王子たちはわたくしの二回目の礼にちょっと驚いた顔をしていたが、その後は王子らしく紳士な態度で迎えてくれた。
わたくしは椅子に掛けると、すぐにテーブルに並べられたお菓子に目を奪われた。
――これは、王宮の料理人の作ったチェリーパイ!
わたくしはキラキラと瞳を輝かせた。
このチェリーパイは前回の人生でわたくしの大好物で、王太子妃教育のための憂鬱な登城もこれを食べるのだけが楽しみだった。口にするだけでたちまち全身が幸福感に包まれる魔法のパイなのだ。それが今回もいただけるなんて!
「よかったら、どうぞ」と、第一王子がくつくつと笑った。第二王子はまじまじとこちらを見ている。
わたくしったら恥ずかしいわ。目の前の大好物に釘付けになって一瞬だけ理性が吹き飛んでしまいそうだったわ。公爵令嬢失格ね。いえ、今回はこれでいいのよね? 駄目な令嬢を演じるんですものね。
「い、いただきます……!」
わたくしは一口サイズのチェリーパイ……念のため控えめにしたのよ……を口に入れた。
美味しい!!
まさに天にも昇る心地だった。
きつね色にこんがり焼けたチェリーパイは表面はさくさく、中はしっとり、鼻腔に抜けるレモンの香りの絶妙なバランス、控えめのカスタードクリーム、そして王室御用達の最高級の甘酸っぱいチェリー……その全てが混じり合ってわたくしの肉体を痺れさせた。
「どう? 美味しい?」と、第二王子が訊く。
「は、はいっ! おいひ、美味しいですっ!!」
「それは良かった。王宮お抱えの料理人の作る自慢のチェリーパイなんだ。きっと公爵令嬢も気に入ると思ってね」と第一王子。
「そ、そうなのですね。美味しすぎてびっくりしちゃいました」
「シャーロット嬢、遠慮せずに温かいうちに全部食べちゃいなよ! 話はそのあとでもいいだろう。ね、兄上?」
「そうだな。我々もいただこうか」
わたくしたちは黙々とひたすらチェリーパイを食べ続けた。
……えっと、なんなのこの奇妙な光景は? 今日はなにしに来たんだっけ? ま、まぁチェリーパイが絶品だから仕方ないわね。
あら、第二王子ったら喜色満面で頬張っちゃって。こういうお茶目なところは昔っから可愛いわね。
「ねぇ、シャーロット嬢。今日は僕もいて驚いたでしょう?」
一通り食べ終わったあと、開口一番に第二王子がわたくしが気になっていたことを話題に上げた。
「えぇ。扉を開けたらお二人がいらっしゃるんですもの。わたくし、一驚しましたわ」
「君の御父上が二人の王子と平等に会いたいと言っていただろう? だから早いほうがいいと思ってさ、今日は兄上に無理を言って僕も参加させてもらったんだ」
「そうだったのですね。わたくしのために貴重なお時間を割いてくださってありがとうございます」
「とんでもない! 僕も早く君に会いたかったし、ずっと楽しみにしていたんだ!」
早く……? どういう意味かしら? でもそんな風に言われるとなんだか照れくさいわ。
わたくしが目を丸くしていると、
「あのヨーク公爵家の令嬢はどのような人だろうかと社交界で噂になっているんだよ」と、第一王子が微笑した。
「そっ、そうなのですか? ……ですが残念ながら本日お二人が目にしたように、わたくしは冴えない平凡な令嬢ですことよ?」
ここは王太子妃に相応しくないアピールをしておかなくてはね。チェリーパイは名残惜しいけど、王宮へ行くのは今日で最後にしなければ。
「そんなことないと思うけど」と、第二王子が眉尻を下げた。
「いいえ」わたくしは首を横に振る。「先ほどご覧になったように、カーテシーも満足にできない令嬢ですわ。お恥ずかしながら、家庭教師からの評価も高くないんですの。ですから、わたくしは未来の王妃の器ではありませんわ」
しんと静まり返った。
二人の王子は困惑した顔でわたくしを見ている。
ま、無理もないわね。誉れ高いヨーク公爵家の令嬢が蓋を開ければ凡庸な娘だったなんて。
「……なるほど。君はなかなか思慮のある子なんだね」と第一王子。
「へっ!?」
わたくしは我とはなしに素っ頓狂な声を漏らす。第二王子が吹き出した。
「どっ……どういうことですの? わ、わたくしのような愚かな者には、い、意味が分かりませんわ……!」
なにを言っているのかしら、この王子は。
わたくしが無能だから辞退をしたいってオブラートに包んで言っているのに理解しなさいよ、馬鹿王子!
「いや、普通の令嬢なら王子様との婚約話に喜んで飛び付くけど、君は違うんだねってことさ。あ、そう言えばバイロン侯爵令嬢も昨日のお茶会で断りの申し出をしてきたよ。他に好きな人がいるんだって。彼女らしいね」と、第一王子はくすくすと笑った。
「ダイアナ様は情熱的な方ですから」
わたくしも思わず笑ってしまう。
ダイアナ様ったら、畏れ多くも第一王子殿下に向かってはっきりと言ったわね。彼女は前回の人生も素直で猪突猛進な方だったわ。そういうところ、羨ましいわ。
「でも君は他に好きな人はいないんだろう?」
「えぇ……まぁ…………」
二人の王子がじっとわたくしを見つめた。
水を打ったように静まり返る。あまりの緊張感にぬるりと嫌な汗が背中に流れた。
な、なんなのこの気まずい空気は……。
早く、早く帰りたい……!
ややあって、第一王子が軽く息を漏らした。
「君も疲れただろう? 今日はこの辺にしておこう。そう遠くないうちにまた会おう。後日連絡するよ」
「…………ええぇっ!?」
わたくしは仰天して身体を仰け反らす。えっと、今、なんて……? 後日って……?
第一王子はにっこりと笑って、
「私たちはまだ互いのことを知らないから、これからゆっくりと交流を深めていこう」
「ぼ、僕もまたシャーロット嬢と会いたいな! 今度は二人っきりで!」と、慌てて第二王子が付け加えたが、わたくしの耳にはマーブルのようにじわじわといろんな言葉が混じり合って、誰がなにを言っているのかもう分からなかった。
ただ舌にチェリーパイの味が残っているのだけを覚えていた。
それからのことはあまり覚えていないが、逃げなければという気持ちばかりが鐘のように全身に鳴り響いて、挨拶もそこそこにわたくしは落胆して帰路に就いたのだった。
帰宅して我に返ったときにミリーにわたくしがどんな様子だったか訊いてみたが、帰りの馬車では「チェリーパイ」しか言わなかったそうだ。
チェリーパイ……美味しかったわ。
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