11 王宮へ出発

 うかつだった。



 わたくしは使い古したボロ雑巾のようなドレスに、爆発したような奇天烈な髪型とオバケみたいな化粧をするつもりだったのに、いつの間にかお母様が新しいドレスを準備していて、その上お茶会当日の身支度もお母様が先導して進めていて、わたくしが付け入る隙が微塵もなかったのだった。



「素敵よ、ロッティー」


 鏡を前にしたわたくしにお母様は目を細めた。

 今日は薄いエメラルドグリーンを基調としたドレスで精緻なレースがふんだんにあしらわれた王族に謁見するのに相応しい上品な恰好だった。


「本当に妖精さんのようです~!」と、ミリーも顔を綻ばせた。


「そ、そう……」


 楽しそうな二人に反して、わたくしは顔を歪める。

 自画自賛だが今日の装いは自分でも見惚れるくらいに完璧だ。まさに森の妖精さんといったところだろうか。

 しかし、これだと万が一にでも第一王子がわたくしに惚れてしまったらどうするのだ。



「あ……!」


 不意に嫌な記憶を思い出した。

 そういえば前回の人生で第一王子と初対面のときは一方的にわたくしが一目惚れをしただけで、彼のほうはなんとも思っていないばかりか国王が勝手に決めた婚約者を疎ましく思っていたのだったわ。わたくしったら自意識過剰で恥ずかしいわね。

 そうね、きっと今回も好印象ではないはずだわ。国王命令によるお茶会ですものね。ま、わたくしのほうも彼に一目惚れなんてもうしないけどね。


「ロッティー、浮かない顔してどうしたの? こんなに可愛く仕上がったのに」


「い、いえ……お母様の支度があまりに素晴らしすぎて驚いただけですわ。こんなに素敵にしてくださってありがとうございます」と、わたくしが答えるとお母様は「そう?」と上機嫌になった。


「はい」と、わたくしはにっこりと笑顔を見せる。


 前回の人生での第一王子との関係を思い起こすと、少しは心が軽くなった。あんなに嫌われて悲しかったのに、今は嫌われていて良かったとさえ思うわ。

 きっと第一王子はわたくしを選ばない。わたくしも彼を選ばない。

 だから今日は婚約者候補の選別なんて大仰なものじゃなくて、王宮のお茶とお菓子を気楽に楽しむ会とでも考えておきましょうか。



 馬車の前までお母様とお兄様が見送りに来てくれた。

 でもお兄様はなんだかとっても不機嫌だった。

 肩を掴まれて「ロッティーも行ってしまうのか……」って凄まれたわ。

 わたくしが怪訝な顔をしているとお母様が「昨日バイロン侯爵令嬢が王子様とのお茶会だったのよ」と耳打ちをしてきたので合点した。ダイアナ様も高位貴族の宿命よね。


「では、行って参りますわ」


 わたくしは苦笑いで出立する。

 お兄様ったら、もたもたしているとダイアナ様を第一王子に取られちゃうわよ!

 ……でもそうなったらダイアナ様がわたくしの代わりに彼らの標的にされて危ないわよね?

 もう、早くお兄様との婚約が決まればいいのに。






 馬車に乗ってしばらくたつと王宮が見えてきた。

 王城は王都の最北部の小高い丘の上に建っていて、堅牢な城壁と深い堀にぐるりと囲まれている。

 その中にそびえ立つ荘厳な城は、あたかもこれから深淵にわたくしを引きずり下ろそうとしそうな暗い影を帯びていた。


「懐かしい……」と、わたくしは覚えず呟いた。


「お嬢様、本日が初めての登城ではないのですか?」

 ミリーが首を傾げる。


「そ、そうだけど……ほ、ほら! 子供の頃に絵本でお城の話をたくさん読んでいたでしょう? だ、だから……それを思い出したのよ!」


「そうなんですか? でも懐かしいだなんて……お嬢様はまだ子供ですよ?」と、ミリーはくすくすと笑った。


 とりあえず誤魔化せたわね。まったく、冷や汗が出たわ。気を付けないと。


 以前はここへ行くのが楽しみで仕方なくてお城もキラキラ輝いて見えたけど、今ではどんよりとした不吉な象徴にしか見えないわね。


「帰りたい……」


「お嬢様、まだ第一王子殿下にお会いもしていませんよ? さぁ、行きましょう」


「はいはい……はぁ…………」


 わたくしは馬車から降りて、ミリーに急かされるように第一王子の待つ応接間へと向かう。

 だんだんと緊張感がわたくしを襲ってきた。

 大丈夫、ただのお茶会なんだから。きっとすぐに終わるわ。






 ――コン、コン。


 応接間の前で控えていた王宮の執事が扉をノックした。


「殿下、ヨーク公爵令嬢がいらっしゃいました」


「どうぞ」


 男の子の声がした。きっと第一王子だ。わたくしはごくりと唾を呑んだ。


「お嬢様、頑張ってください!」と、ミリーが耳打ちする。

 わたくしはゆっくりと頷いて、そして一歩足を踏み出す。今日はミリーはここまでだ。わたくしは一人で挑まなければならない。

 鼓動が高まった。



「失礼いたします」


 さぁ、いざ戦場へ――……わたくしは目を丸くした。


 そこにはエドワード第一王子と、なんとヘンリー第二王子もソファーに座っていたからだ。





 

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