10 やっぱり、今回も?

 それは、不意を衝くように突然やってきた。


 改まってお父様から話があるので執務室に来るようにと言われたわたくしは、ひしひしと嫌な予感と、どことなく悪寒のようなものを覚えたのだった。

 そして、こういう悪い兆候は当たるのだ。



「だ……第一王子とのお茶会ですか…………?」


「そうなんだよ」お父様はため息をつく。「王家はまだ王子たちの婚約者を決めていないだろう? 妃教育は早い方がいいから、そろそろ本腰を入れて検討に入ろうということになったんだ。そこで、王子を高位貴族の令嬢の婚約者候補たちと親睦を深めてもらって、最終的な判断を王家に委ねると……」


「では、第一王子の婚約者は必ずその令嬢たちの中から決めるということなのですか?」


「そうだな」


「そんな…………」


 にわかに頭が真っ白になった。

 結局、こうなるの? 今回の人生も第一王子から逃げられないの?


「ロッティー、そんなに深刻に考えることはない。婚約者候補と言っても10人以上もいるし、その中には今回のお茶会には来られない他国の王女もいる。だから第一王子とちょっとお茶を飲むだけだと気軽に考えてもいいんじゃないか?」


「ちょっとお茶って……」



 彼を目にするだけでも嫌なの!! 同じ空気を吸いたくないのよ!!



 ――と、叫びたいところだが、わたくしはぐっと堪えた。

 お父様には前回の人生の記憶がないのだ。ここは取り乱しても仕方ない。でもなんとか説得しないといけないわ。


「お父様、わたくしは第一王子の婚約者になれるような器ではありませんわ。お恥ずかしながら、最近のわたくしの成績はご存知でしょう?」


 平凡な令嬢になる計画は今も遂行中だ。わたくしはあらゆることに手を抜いて、今ではあまり評価が宜しくない。


「そうなのだが……お前は曲がりなりにも公爵家の令嬢だろう? 参加しないわけにはいけないよ」


「お母様はなんとおっしゃっていたのですか?」と、わたくしは探りを入れる。元・王女でプライドの高いお母様のことだ、こんな不出来な娘を王家になんて差し出すはずはない。


「お母様は……」お父様の顔色がわずかに曇った。「確かに今のお前が王妃になるのは難しいんじゃないかと言っていたが――」


「でしょうっ!? ねっ、お断りしましょう、お父様? ねっ?」


 お父様は首を横に振って、

「そうは言っていたが、王家の命は断らないほうがよいだろうとも言っていた。それに、ロッティーはアルバートが怪我をする前はとても優秀だった。だからアルが全快したら成績も向上するんじゃないかとお母様は言っていたよ」


「…………っ!!」


 わたくしは硬直した。

 違うのです、お母様。残念ながらご期待には応えられませんわ。わたくしはお兄様が元気になっても二度と凡庸から飛び出るつもりはないのですっ……! 



 いつの間にかお父様は席を立ってわたくしの前でしゃがんで目線を合わせていた。


「ロッティー……一度きりだからさ、ヨーク公爵家の名誉のためにも行ってくれないか? お父様からのお願いだ、ね?」


「ううっ……」


 わたくしは口ごもり、目を泳がせた。

 もうっ、家名を出されたら断るわけにはいかないじゃないの。でも第一王子なんかとお茶会なんてやりたくないし…………そうだわっ!


「でしたら……でしたら、わたくしはヘンリー第二王子とお茶会をしたいです! さっきお父様は王子たちの婚約者を決めていないっておっしゃったでしょう? でしたら第二王子のお相手でも構わないでしょう?」


 そうよ、ハリー殿下だったら前回の人生ではなんでも話せる気が置けない仲だったから、仮に婚約するのなら彼がいいわ。それに、最後までわたくしを助けようとしてくださっていた信頼できる方だし……。


「第二王子はお前より年下だろう? 難しいんじゃないかな」


「で、ですが、過去には奥様が5つ以上も年上だった例もありますわ! わたくしたちはたった1つです!」


「それは政治的な理由や適齢期の丁度良い相手がいなかったからだ。ロッティーには第一王子をはじめ他の高位貴族の令息たちも同年代で釣り合う相手がたくさんいるだろう? わざわざ年下の第二王子を選択しなくても――」


「嫌ですっ!! わたくしはヘンリー第二王子が良いのですっ!!」


 わたくしはこれまでにないくらいの大音声で叫ぶ。お父様はその淑女あるまじき叫びに気圧されたのか目を見張ってしばらく固まっていた。


「お願いします、お父様っ!!」と、わたくしは畳み掛けるように深々と頭を垂れた。



「……分かったよ」


 お父様は観念したかのようにため息をついた。


「本当ですか!?」


「ただし、条件がある」


「条件、ですか?」


「そうだ。私が責任を持って第二王子とのお茶会の機会を設けよう。だが、その代わりに第一王子とのお茶会も参加するんだ。それが条件だ」


「…………」


 わたくしは固唾を呑んだ。

 そう来たのね。でも王家の命令に背くわけにもいかないし、これが落としどころかしら?


「分かりましたわ、お父様。わたくしはヨーク公爵家の令嬢として第一王子とのお茶会に参じますわ。その代わり……第二王子の件はお願いしますわね?」


「分かった、分かった」と、お父様はわたくしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。


「うふふ、お父様大好き!」

 わたくしはお父様にぎゅっと抱き付く。今回の人生では家族に素直に甘えることができて照れくさいけど嬉しい。





 こうして、わたくしは第一王子とのお茶会へと赴くことになったのだった。

 こうなったら、このお茶会で徹底的に彼に嫌われようじゃないの。まずはドレスや髪型をへんてこりんなものにして、マナーのなっていない愚かな令嬢を演じきってみせるわ!


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