7 お茶会と再会

「本日はお招きありがとうございます。わたくしはヨーク公爵家の長女シャーロットと申します。以後、お見知りおきを」


「まぁ! あなたがヨーク公爵家の。あたくしがダイアナ・バイロンですわ。本日は来てくれてありがとう、楽しんでいってね」



 ついにこの日が来てしまった。バイロン侯爵家のお茶会だ。

 会場の入口で侯爵令嬢のお出迎えを終えて、わたくしは不安と少しの期待が入り混じった気持ちで侯爵家の庭に足を踏み入れた。



「うわぁっ……素敵っ……!」


 わたくしはその見事な庭園に感激して思わず声が出た。


 そこは一面の薔薇、薔薇、薔薇。赤やピンクや黄色や貴重な青い薔薇まで咲き乱れていて、まるでおとぎ話の世界に入り込んだみたいだった。

 そういえばバイロン侯爵令嬢は前回の人生でも無類の薔薇好きで有名だったわよね。当時も侯爵家の薔薇園は噂で聞いたことがあるけど、これは想像以上の出来栄えだわ。


「ふふっ、凄いでしょう!? 庭の設計はあたくしが考えたのよ!」


 振り返るとバイロン侯爵令嬢が誇らしげに庭園を眺めながら言った。

 相変わらず自信満々な方だわ、と微苦笑する。

 爵位はわたくしのほうが上なんだけど、前回の人生でも初対面から不遜な態度だったのよね。でも今改めてその姿を目の当たりにしたら、幼いのも相まってなんだか可愛らしく見えるわ。


「本当に素晴らしいです。このような美しい薔薇園は初めて拝見しましたわ」


「でしょ?」と、侯爵令嬢は近くにある真っ赤な薔薇を指す。「あの子たちは今年はなかなか鮮やかな色に育たなくて大変だったの。とっても苦労したわ!」


「侯爵令嬢自らお世話をしているのですか?」

 わたくしは目を丸くした。高位貴族の令嬢が庭いじりだなんてに常識的にありえないことだ。


 侯爵令嬢は踏ん反り返って、

「そうよっ! あたくしもこの子たちをお世話しているの! あたくしが愛情を注げば注ぐほど、この子たちはあたくしみたいに気高く美しく育つのよっ!」


「そうなのですね、それは素晴らしいです……!」


 わたくしは侯爵令嬢の意外な一面に驚きを隠せなかった。

 記憶の片隅にある彼女の性格だと「高貴な身分の者は決して土に触れてはならないわっ!」なんて言っているイメージだったから。なのにこんなに嬉々として薔薇の栽培について語るだなんて……わたくしは前回の人生で多くの素敵なものを見逃していたのかもしれない。

 たしかにあの頃は第一王子のことしか視界に入っていなかったから、仕方ないわね。今回はもっと色んな人々と積極的に関わって見聞を広めたいところね。


「帰りにあなたをイメージした薔薇の花束をお土産に差し上げるわ。期待して待ってなさい!」


「はい! 楽しみにしていますね!」


 バイロン侯爵令嬢は高笑いをしながら去って行った。

 これも相変わらずね。前はあのキンキンした笑い声を聞くたびに辟易していたけど敵愾心を持たれていない今はなんだか頼もしくさえ感じるわ。



 わたくしは一人になり、ぼんやりと会場を見回す。

 今日は高位貴族の子供たちでいっぱいだった。さすが侯爵令嬢のお茶会ね、前回の人生で見知った顔でいっぱいだわ。彼らとは学園やパーティーで顔を合わせてはいたけど、ちゃんと喋ったことのない方たちだからこれから徐々に親交を深めていければといいのだけれど。



「あら……?」


 ふと、ひときわ目立つ令息の集団に目を引かれた。彼らは多くの令嬢たちに囲まれてきゃあきゃあと黄色い声を浴びせられていた。

 その姿を見てわたくしは息を呑んだ。



 あれは、第一王子の取り巻きたち!



 間違いないわ。まだ幼いものの、あの顔立ちははっきりと覚えている。

 わたくしを貶めた令息たち……。


 一番背が高くて赤い髪は騎士団長の令息のジョージ・ジョンソン伯爵令息ね。モーガン男爵令嬢と対峙したとき、何度か無理やり身体を押さえ付けられたことがあったわ。


 メガネを掛けている黒髪が宰相の令息のオスカー・コックス侯爵令息。いつも理詰めで痛いところを突かれて、わたくしは言い負かされていたわ。


 最後はオレンジ色の髪のダニエル・アンダーソン公爵令息。父親は現国王の側近で、彼も第一王子の従兄弟で将来の側近が約束されていたはず。彼もわたくしと会うたびに辛辣な態度をとってきたわ。



「はぁ……」と、わたくしはため息をついた。


 嫌なものを見てしまった。

 せっかくの素敵な薔薇園なのに、もう台無しよ。ぽかぽかとした春の陽気ににわかに雷雨が差したような最悪な気分だわ。


 彼らは令嬢たちに囲まれてまんざらでもない様子だった。その愉快そうな姿にわたくしはちょっとだけ腹が立った。

 本当は文句の一つも言ってやりたい気分だけど……いえ、本当の本当は頬を引っ叩きたいけど……今回の人生では今日が初対面だから、わたくしがおかしい人になってしまうわね。自重しないと。


 それに、前回の二の舞にならないために極力彼らに関わらないようにしないといけないわ。触らぬ神に祟りなし、よ。


「……あちらでお菓子でも食べましょうか」


 嫌なものはなるべく視界に入れないようにしなきゃ、とわたくしが一歩足を踏み出した折も折、


「……………………っつつ!?」


 わたくしの瞳に一番見たくない人物が飛び込んで来たのだった。





 エドワード・グレトランド第一王子――……!!





「嘘よ……そんな…………」


 わたくしは凍り付いた。

 もう顔を見たくないのに、目線だけは彼を捕らえて離さなかった。

 わたくしはかっと目を見開いて彼を凝視する。まるで湖の底に吸い込まれるように、みるみるその麗しい姿に溺れていくようだった。


 見たくない……あっちへ行って……わたくしの前に現れないで…………!


「嫌……嫌よ…………」


 わたくしは背後の壁に身体をもたれて、そして力なくよろよろとずり落ちた。

 額に冷や汗が流れる。全身が熱い。早鐘が鳴った。



「ちょ、ちょっと! ヨーク公爵令嬢!?」


 バイロン侯爵令嬢の声が聞こえた気がしたと思ったら、誰かがわたくしの肩を軽く揺さぶった。


「大丈夫なの!? 誰か、医師をっ!」


 周囲が騒がしい気がする。でも、わたくしは第一王子しか見えない。

 見たくないのに、彼しか見えない。


「っ…………!?」



 目が、合った。



 彼がこちらへ向かって来る。



「嫌……来ないで…………来ないでっ!!」




 目の前が真っ暗になった。


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