8 お茶会のあと

 暗闇が晴れて、目が覚める。

 ぼんやりした視界がだんだんとはっきりとしていくと、そこには両親とお兄様の顔が映っていた。


「ロッティー!」と、お母様が勢いよくわたくしに抱きついた。ちょっと痛いけど寝起きのひんやりした肉体に暖かさが心地よい。


「あの……わたくしは……?」


「ロッティーはバイロン家のお茶会で倒れたんだよ」


「えっ?」



 お父様の話によると、わたくしはバイロン侯爵令嬢のお茶会で急に気を失ってしまったらしい。そして侯爵家の客間に運ばれて診察を受けて、その知らせを受けた両親が慌てて迎えに来たそうだ。


「わたくしがお茶会を勧めたばかりに……ごめんなさい、ロッティー」


「そんな……お母様のせいではありませんわ」


「いや、僕が怪我をしてロッティーの気を揉ませたせいだ」


「いやいや、すべては私の不行届だ」


「いいえ! わたくしが!」


「僕だよ」


「責任は私だ」


「もうっ、みんなして……」と、わたくしはくすくすと笑った。「誰のせいでもないですわ。皆様、心配してくれてありがとうございます」


「ロッティー、疲れていたのに無理に行かせて本当にごめんなさいね」


「いいえ」わたくしは首を左右に振る。「わたくしが自分で決めたことですわ。それに少しの間の参加だったけど、楽しかったです」


 ほんのちょっとだったけど、バイロン侯爵令嬢と話せてよかったと思う。だって前回の人生では見えなかった彼女の素敵な一面を覗くことができたんですもの。欲を言えば、また彼女とお話できるといいな。


「侯爵令嬢の薔薇園は見事なものでした。なんと令嬢ご自身がお世話をしているそうですよ。とても素晴らしいです」


「まぁっ、それは凄いわねぇ! そうだわロッティー、あなた侯爵令嬢にお礼状を書いたらどうかしら? 彼女、とっても心配していたわよ」


「はい、そうすることにします。わたくしも感謝の言葉を早くお伝えしたいですし。では、早速――」


 わたくしが身体を起こしてベッドから立ち上がろうとすると、


「「「駄目駄目駄目駄目!!」」」


 三人に力ずくで取り押さえられてしまった。



 手紙を書くのは明日以降だと説き伏せられ、わたくしはこの日はずっとベッドから離れられなかった。

 眠れないし、なにもやることがなくて、こんなときに限って頭の中には思い出したくもない嫌な記憶でいっぱいになる。



 ――第一王子に出会ってしまった。



 彼を目にした瞬間、にわかに前回の人生の記憶が湧き出てきて頭が真っ白になった。

 今回の人生ではもう関わりたくなかったのに……本当に彼を見るのも嫌なのに。

 でも、わたくしの身分では不可能なのかもしれない。


「はぁ……」


 わたくしは深くため息を漏らした。


 あと数年経てば学園に入学だ。

 それからデビュタントを終えれば夜会に参加する機会も増える。わたくしの身分では学園でも夜会でも第一王子と顔を合わせる頻度は高いだろう。

 今回のように毎回倒れていたら駄目だわ……。

 さすがに毎度毎度卒倒していたら公爵家の評判にも関わるし、病弱な令嬢として貴族たちから縁談も忌避されるかもしれない。そうなったら今度は違う意味でわたくしの人生はめちゃくちゃだ。


「……精神を鍛えましょう」


 そうよ、これしかないわ。

 次に第一王子と遭遇しても倒れることのないように、鋼の心を身に付けるのよ!

 そうだわ、心を鍛えるなら同時に身体も磨かないと駄目よね。心技体と言うものね。


 ならば、やることは一つ……剣よ!!


 剣ならいざというときに護身にもなるし、最悪の場合に第一王子を討つことができるわ。

 落ち着いたら早速お父様に相談するとしましょう!







 そして翌日、すっかり意欲を取り戻したわたくしは、まずはバイロン侯爵令嬢にお茶会の礼状を書くことにした。こういうことは早ければ早いほどいいわ。

 だがそれは徒労に終わってしまう。



「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」



 なぜならその日の午後、バイロン侯爵令嬢が公爵家へ来訪したからだ。

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