6 初めてのお茶会
「どうしたの、ロッティー? 全然できていないじゃない?」
「も、申し訳ありません、お母様……」
「これまでは優秀すぎるくらいにできていたのに、本当にどうしちゃったの?」
「……………………」
アルバートお兄様の事故から約一月がたち、ヨーク公爵家はすっかり日常に戻っていた。
お兄様は依然としてベッドに横になったままだけど意識はもうはっきりとしていて、わたくしは毎日何度もお見舞いに行ってお兄様の話し相手になった。ちょっと迷惑だったかしら?
お兄様の回復に比例してお母様も元気になって、今日からお母様の厳しい淑女のレッスンが再開だ。
わたくしは平凡な令嬢になるためにわざと手を抜いた。
これまで完璧だったダンスのステップもよろよろと踏み外して、今はお母様が呆れ返っているところだ。
「ごめんなさい……」と、わたくしはうつむいた。
これは本心だ。わたくしのために一生懸命に教えてくださっているお母様を裏切る行為をして申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
でも、そう遠くない未来に一家が没落するか否かはわたくしの双肩にかかっている。王家の目に留まらないために今は辛くても我慢よ、我慢。
お母様は残念そうにため息をついて、
「まぁ、仕方ないわね。アルのことがあってロッティーもまだ不安よね。今日はここまでにしましょう」
「お母様……すみません」
「謝ることはないわ。ロッティーはお兄様思いの優しい子ね」と、お母様はわたくしの頭を撫でてくれた。「さ、気分転換にお茶でもしましょ? ミリー、テラスに準備を」
お母様はあっさりと今日のレッスンを打ち切った。
これには正直わたくしも面喰らった。
前回の人生では未来の王太子妃になるためにとても厳しい訓練をおこなっていて、甘えは許されなかったからだ。
たくさんの家庭教師が付いて毎日朝から晩まで王太子妃教育。少しの弱音も吐けなかった。
お母様は元王族のプライドもあってか、わたくしを外国からも一目置かれるような立派な令嬢に育てようと懸命だったわ。
わたくしはその重圧で物凄くストレスが溜まっていて、発散するために学園では身分をいいことに横柄に振る舞っていたっけ。
……うーん、これは反省すべきところよね。今回は気を付けなくては。
でも今思えば、それも第一王子の婚約者に決定してからだったわよね。
それまでは公爵家の令嬢としての最低限の教育はされていたけど、そこまで厳しくなかった気がする。
むしろお母様自身が王宮暮らしで苦労したぶん、わたくしとお兄様は結構伸び伸び育ててもらっていた気がするわ。
「ねぇ、ロッティー。そろそろあなたもお茶会に参加してみたらどうかしら?」
「お茶会……ですか?」
わたくしは微かに眉をひそめた。
前回の人生ではお茶会なんて碌な思い出がない。
最初にお茶会に参加したのは第一王子との婚約が決定してからで、社交の練習ということで高位貴族の令嬢の主催する会に二人揃って足を運んだ。
そこでは素敵な王子様の婚約者だからか令嬢たちからの嫌味の嵐で、第一王子はわたくしに無関心で全然助けてくれないし、他の令息たちも遠巻きに眺めているだけだし、とても居心地の悪いものだった。
あの頃はまだ社交界の恐ろしさを知らなかったのよね。子供のお茶会とは言うものの、そこは貴族社会の縮図。いい勉強になったわ。
その後もいろんなお茶会で槍玉にあがったけど、負けん気でなんとかやり過ごしたわ。
「ほら、最近アルバートのこともあって我が家は暗い雰囲気であなたも塞ぎ込んでいたでしょう? それに今日のレッスンもぼんやりしていたし。だから外の空気を吸ってきたらいいと思って」と、お母様はわたくしの顔を覗き込む。「嫌かしら? 怖い?」
わたくしはふるふると頭を振って、
「わたくし、お茶会に行ってみたい!」
お母様をこれ以上悲しませないために咄嗟に答えた。
よくよく考えてみれば、今回の人生では第一王子と婚約をしていないからきっと令嬢たちからの嫌がらせはないはずだ。
それに、友人も作りたい。前回できなかったことを思い切り楽しみたいわ。
お母様はぱっと笑顔になって、
「そう。では決まりね。早速だけど今週末にバイロン侯爵家のお茶会があるの。ご令嬢はロッティーと同い年ね。きっと素敵なお茶会になるわ!」
「えっ……!?」
わたくしは凍り付いた。
ダイアナ・バイロン侯爵令嬢といえば前回の人生では第一王子の婚約者候補の一人で、それがわたくしに決まったものだから凄まじい敵意を向けられていたのよね。彼女のもともとの気の強い性格に嫉妬心が加わって、狂犬のようにぎゃんぎゃんとわたくしに噛み付いてきたのを覚えているわ。
ただモーガン男爵令嬢が登場してからは矛先はあちらばかりに向かっていたけれど。
「どうかしたの?」
「い、いえ」と、わたくしはぶんぶんと首を左右に振る。
そうよ、今回は第一王子と婚約していないし、たぶん問題ないはずよね。たぶん……。
「大丈夫よ。同じ高位貴族だし、きっと話も合うと思うわ」
「そ、そうですね……」
こうして、わたくしは過去の宿敵バイロン侯爵令嬢のお茶会へと参加することになった。
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