第22話 帰らずの森混成魔物部隊掃討戦⑤

「聖騎士ってのはいきなり人を襲うやつのことを言うのか?」

 

 アーサーは無言のまま進みセリムを見上げた。

 その顔は怒りではなく哀れみに彩られていた。


 先の一撃も地面を抉ってこそいるが浅い。

 精々が切り傷程度だろう。


「何の真似だって聞いてんだ。答えろ」

「セリム… 俺はお前に期待してたんだ」


 アーサーはAランク冒険者だ。

 今までに何人もの指導員をこなしてきた。

 その中でセリムの実力は飛び抜けていた。

 冒険者になったばかりでCランクを熨した。相手がオードという犯罪ギリギリのことをするやつだったことも相まってより好感が持てた。

 だからこそ歪んだ性根が残念で他ならない。


「お前は将来今の若い冒険者を引っ張っていける力があると思ってたよ。それだけにお魔には失望した」


 アーサーの瞳は地面に横たわる冒険者に向いている。

 いずれもラグリアが心臓を抜き取った後がある。

 血溜まりに沈む仲間に悲痛な面持ちだ。


 セリムは当然反論した。

 やっていないのだから当然だ。


「それを俺に信じろと? 出来るわけが無いだろ」

「…」


 今までの行いが信用を遠ざける。

 今回の件で決定的にアーサーの心はセリムから離れてしまった。


 セリムは何を言っても無駄だと理解した。

 

「俺を殺すか?」

「レイニー… マスターからお前のことを頼まれた。その時に俺は返事をしなかった。まだやり直せると思ったからだ。だがっ…」


 アーサーの体から魔力が立ち上る。

 物理的な質量を伴って空気が揺れる。


 枝葉が擦れ静寂な森をザワめかす。


「お前をここで斬る。それが指導係として最後に俺がしてやれることだ」

「…なら後悔するなよ。俺はあんたを全力でりにいくっ!」


 セリムの体からも魔力が立ち上る。

 黄金の魔力と黒の魔力がぶつかり合う。互いの意地を意思を通す為に。




 2人の戦いは不気味なほど静かだった。


(感情的になって襲いかかれば間違いなく斬られる。冷静を心がけろ)


 掃討戦で強くなったといえど劇的な変化ではない。

 アーサーを確実に殺れると言えるだけの力はない。

 頭を回転させ勝ちを拾いにいく。


 互いの魔力がぶつかり弾け合う。火花の散るような音だけが響いている。

 

 両者ともに見つけあいジリジリと間合いを詰める。

 先に動いたのはアーサーだ。 

 

 突進もかくやといスピードで突っ込んでくる。

 相手のステータスを一時的に奪う強奪プランダラ。それを受けて尚速い。


 セリムはスキルを総動員させ回避する。 

 跳躍し直上の枝に捕まる。


 アーサーの剣は幹を切り裂く。

 

 ”土魔法”でアーサーの足場を隆起させる。同時に腕を振り絞り、登ってくる頭部に向けて拳を振るう。

 セリムの拳はアーサーが手首を掴むことであと一歩届かない。


 アーサーは力任せにセリムを引き寄せた。

 木に爪をたて耐えようとするが出来ない。ものすごい勢いでアーサーの顔が近づいてくる。 

 

 引き寄せたセリムの肩に向けて剣を振りかぶる。


 切断される。そうなれば必然敵に勝敗は傾く。

 セリムは自身とアーサーの間に”火魔法”で爆発を生み出し距離をとった。

 とっさのこと故に加減できず半身が焼けた。

 痛みに呻くセリムとは対象的にアーサーの傷は浅い。僅かに赤くなっている程度だ。


「Aランクは伊達じゃねぇってか…

 あぁことごとくこの世はクソッタレだな!」


 突っ込んでくるアーサーの足元が爆ぜる。

 最初に見合っている時に仕掛けたものだ。

 ”火魔法”と”遅延発動”スキルの複合技。


「これでちっとぁダメージ受けろ!」


 地面に魔法陣がいくつも浮かび上がる。 

 見える範囲だけでも100は下らない。

 この全てが爆発すればさしものアーサーもただで済まないだろう。


 爆風を見つめるセリムが見たのは黄金の鎧に守られた姿のアーサー。

 鎧は光になって消える。

 ほぼダメージを負っていない。


 セリムの顔が険しくなる。


(いまのが聖鎧アルスカラか。フザケた防御能力しやがって)


 2次職である聖騎士専用スキル。聖鎧アルスカラ

 国の守護を任とする聖騎士の防御スキルだ。


「セリム。これほどの力が有りながら何故仲間を手に掛けた?」

「またそれかよ。やってねぇつってんだろ!」

「なら俺ももう一度言うぞ。信用出来ない。お前を信用できる時期はとうに過ぎちまった」

「だったらペラペラ問いかけてんじゃねぇよ。俺を殺すんだろ! やってみろよ!」


 アーサーは戦闘中感情を殺すことを意識した。

 これは指導係としてのけじめ。怒りに任せて斬れば獣と同じ。

 セリムを切るのは人間でなくてはならない。

 

「お前は可哀想なやつだよ。そんなになるまで誰も止めてやれなかった」


 哀れみの顔を浮かべるアーサー。

 セリムの中で何かが切れた。


「ざっけんな。

 何勝手に哀れんでんだよ! 俺の親でもねぇくせに上からしゃべんな!」

「信用できる人間がいなかったんだろ。だからお前は自分の中にある”何か”を吐き出せなかった。だからこんな結果になってしまった」

「黙れぇぇぇ! 俺を否定するな! 何様だてめぇは!」


 信頼など親を師を失った時に捨てた。

 世界は全てが敵で大切な物を奪っていく。ならこちらも奪うしか無い。


 世界は白か黒。正義か悪。敵か味方。

 二分したのだ。

 曖昧な関係など無い。

 奪う側に立って世界を滅茶苦茶にしてやろうと決めたのだ。


「俺の何を知ってんだっ!」

「何も知らない。こんなになっちまったがそれを教えちゃくれねぇか?」

「黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れーー!」

「世界は敵だ。俺から大切な物を奪う。だから壊す。あいつもお前も。全部消えろぉぉぉぉ!」


 セリムの体が闇に覆われる。

 胸にあった入れ墨が巨大化しセリムの体を侵食する。

 そこに居るだけで地面が割れ空気が重くなる。


「っが。うっ…」


 呻くセリムの変化は止まらない。

 白目は黒く。黒目は紅く。

 歯は伸びて鋭く。

 臀部からは漆黒の尾が生える。

 見た目は人狼に近い。


 理知的な光はなく完全に獣に堕ちた。


「セリム… お前はそれほどまでに」


 変化に驚かないアーサー。

 ただ、剣を構え己の成すべきことを成す。

 黄金の魔力が輝きを増す。


「直ぐにお前を楽にしてやる」


 その声はセリムには届かない。

 咆哮にかき消された。 


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