第21話 帰らずの森混成魔物部隊掃討戦④

 雪崩こんだ魔物は比較的安全とされていた後方にまで到達した。

 後方に居るのはほとんどが低ランク冒険者。

 戦況の変化に対応できず何人もが散った。

 セリムの班も気づけばバラバラになり互いの状況が分からない。

 互いが互いを護るために結成された班機能役に立つことはなかった。


 セリムは魔物と戦いながら戦場を森へと移した。

 乱戦となった戦場では周りが邪魔で満足に力を振るえない。


 魔物と一緒に冒険者を始末することも考えたがやめた。

 ここでやれば証拠が残る。

 掃討戦後にリンチにあって終わりだ。


 「ったくうじゃうじゃよく湧いてきやがる」


 森へ移行した直後は碌に魔物がおらず失敗したと考えた。だがなぜかセリムを追って続々と魔物が森へ集まってきた。

 僥倖とばかりにセリムは力を振るった。

 大抵がゴブリンやコボルトなど低ランク。一撃で葬れる。


 体が熱くなる。

 レベルが上っている証拠だ。


 魂を急速に喰らった影響か、体に微弱な電流が流れる感覚がある。

 不快ではない。寧ろ心地良い。

 上気した顔は笑みに染まりもっともっとと魂を求める。

 

「ハハハ最高だなっ!」


 ヒビ割れた心が潤っていく。

 

 全身に血を浴びたセリムはフラフラとしながら森の中をさまよう。

 

 極大の光が立ち上るのを見えた。

 平野の方向だ。


 モンスターか冒険者か。

 誰の攻撃かはわからないが強大な力を持つ存在には違いない。

 引力を持ったように体が引き寄せられるのを振り切った。

 

「まずはこっちだ」


 森に転がる冒険者の死体。

 一様に胸のあたりが血に染まっている。

 先に何人も冒険者を仕留めた存在がいる。

 血に酔ったセリムは吸い寄せられるように足を運んだ。




 「イタた… 何故こうも生き物と言うのは骨が多いのか。まったく困ったものですよ」

 

 冒険者の胸の内部をまさぐる青年。

 引き抜かれた手には心臓が握られている。

 脈打つそれはまだ生きている証だろうか。


 心臓を氷の詰められた瓶に仕舞う。歪んだ空間に瓶ごとしまった。


「おや。これは想定外のお客さんですね」


 右目にモノクルを掛けた青年の視線は森の奥。酒に酔ったように近づいてくる冒険者に向いている。

 セリムだ。


「お前か…」

「何がでしょうか?」


 セリムは心臓が抜き取られた死体に目を向けた。

 視線を追った青年は意味を察し頷く。


「知ってますか? 人間と言う生き物は案外使える生き物なんですよ」

「興味ねぇよ」

「ツレナイことを仰らず少々私の話を聞いて下さい」


 青年は死体を手で指し示す。

 

「人間に限らず冒険者の体というのは一般人とは違う特徴があります。様々な戦いを経て鍛えられ肉体です。その中でも脳や心臓というのは別格です」


 冒険者は戦闘に魔力を用いる。

 魔力は体の至る所を巡る。その時に肉体に魔力が浸透し魔力との親和性を引き上げる効果があるとされる。

 魔力は使えば使うほど親和性を増す。より効率的に動けるようになるとされる。

 

「長年使われた心臓などは特に素材になるのですよ」


 青年は懐から親指サイズの瓶を取り出す。

 瓶の中には赤っぽい砂状の粒が入っている。

 

「端的に言えばこれはドラッグ。ただ普通のドラッグとは違い服用することで能力を底上げ出来る代物です。

 正式名称はブースタードラッグ。

 副作用はありますが結構な高値で売買されているので商売にはもってこいですね。まぁ、人間1人を犠牲にした値段と釣り合っているかはわかりませんがね」


 青年は瓶をセリムへ投げ渡した。

 

「差し上げますよ」

「興味ねぇっつってんだろ」


 飛んできた瓶を弾き青年に投げ返す。

 

「そうですか? 君には絶対必要なものだと思ったのですがね。そうでしょ? セリムくん」


 セリムは警戒レベルを引き上げた。


 何故名前を知っているのか。

 青年と会うのはこれが初めてなはず。

 何度記憶を探っても青年に該当する人物はいない。


「この世界が憎いですよね? 世界を破壊したいですよね? もっと力が欲しいですよね?」

「テメェ誰だ?」


 青年は胸に手を当て軽く会釈する。

 慇懃な仕草。不思議と青年がすると道化感がする。

 真面目な態度は表面だけで内心では全く敬っていない。セリムの目から見ても分かるほどにチグハグだ。


「申し遅れました。

 当代の神敵者が1人――色欲の神敵者を世界より賜りました。ラグリア=フォルネスと申します。

 以後お見知りおきを」

「神敵者…」

 

 世界で同じ苦しみを味わうたった8人。仲間――運命共同体と言い換えてもいい存在だ。

 そのうちの1人が目の前にいる。


 歓喜。狂喜。驚喜。


 一度他の神敵者について考えたことがある。

 似たような運命を味合う存在ならばきっと痛みを理解してくれると。

 

 幾千幾万の慰めよりも同じ神敵者のたった一言の方が沁みる。

 そう考えていた時期があった。

 ラグリアと名乗る人物を見て考えを改めた。


 同じ神敵者だからこそ分かる。


(こいつの闇はあまりに大きい。いや、大きすぎる)


 ともすればセリムは自分の心が飲まれ、目的を失い生きた屍になる姿を幻視した。

 セリムにとって復讐だけが生きる目的。

 失うわけにはいかない。


「これは俺の、俺だけの復讐だ!」


 突然叫ぶセリム。

 ラグリアは面食らった。


「誘う前から拒否されると思いませんでしたよ。ですがセリムくん。今は君の考えを尊重しましょう。無理に仲間にすれば私は君に殺されてしまうやも知れませんからね」


 セリムの知る限り今の世で神敵者を殺せるのは同格の神敵者しかない。

 

「取り敢えず今日は偶然にしろ君に会えたので良しとしましょう。いずれまたどこかで会うこともあると思いますが、その時にまだお誘いをさせていただきますね」


 セリムに近づくラグリア。

 セリムは警戒心を剥き出しにする。

 視線でラグリアを追う。


 熱い視線にラグリアは苦笑を浮かべた。


「最後に1つ忠告と言うかアドバイスを。

 神敵者は敵だらけです。早めに力をつけることを勧めますよ。

 今回のモンスターは君にとっても経験値を積むにはいい機会でしょうから是非とも活かしてて下さい」


 セリムの返事を待たず歩き出す。

 ラグリアの姿は夜の森に同化していく。

 その姿が完全に見えなくなるまでセリムは目を離さなかった。


 


 ラグリアが去り警戒心を解く。


「あれが神敵者か…」


 初めて会う同胞は鮮烈な印象だった。

 セリムよりも闇に囚われ堕ちている。

 自分がまだ可愛く見える。


 セリムは木に寄りかかるとため息を吐き出した。

 力が抜け尻もちを着いた。


「早いとこ戦場に戻らねぇとだな」


 ラグリアの言葉を肯定するようで気分悪いが強くなることは急務。

 こうしいる間にも世界はセリムにとって厳しさを増しているかもしれない。

 少なくとも優しくなっている事はない。


 立ち上がる。

 歩き出そうとした矢先、飛んできた斬撃に回避を余儀なくされた。


 木の枝にぶら下がり敵を見つめる。

 

 闇から出てきたのはアーサーだった。

 

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