第15話 事件

 3日後。

 アルドの元へ剣を受け取りにやってきた。

 

 押し付ける形になった為にいつ修理が終わるかを聞いていない。3日というのはそれくらいあれば終わるだろうと言うセリムの勘だ。

 

 3日前に来た時と同様陽がささず陰気な感じがある。

 目的の鍛冶屋を見つけドアを開ける。

 入店を告げる鈴の音が響く。 

 カウンターに居たアルドの視線が動く。

 セリムを捉えると見てはいけないものを見たようにすぐに逸れた。手元の本に注がれる。


 以前と同じ動作だがそこには明確な違いがある。

 以前は誰が来たのか確認する視線。確認さえ済めば直ぐに興味をなくし逸らしていた。

 今回は確認までは一緒だが逸らす意味合いが違う。セリムとかかわり合いになりたくないと拒絶の意思がある。

 

 セリムは気にした素振りもなくカウンターに寄る。

 剣の修理が済んだかを尋ねた。


「出来ておる」


 硬い口調で応えたアルド。

 

 奥から剣を持ってくるとカウンターに置いた。

 それから深呼吸したアルドはここ数日考えていたことを口に出した。

 

「悪いがもうここには来ないでくれ」


 セリムを見るたびに息子をなくした過去の記憶が蘇る。

 モノクルを掛けた狂人。人を人と思わぬ存在によって殺された記憶が。


「店が客を選ぶと言うことか?」

「どうとってもらっても構わない。代金も請求せん。だから直ぐに出ていってくれ」


 セリムはアルドに対しては特に何もしていない。

 何故嫌われているのか釈然としない。

 理由を聞こうとしたセリムだが途中で口を閉じた。


 アルドの瞳の中に恐怖があったからだ。

 それは間違いなくセリムに向いていた。


 剣を受け取ったセリムは店を後にした。

 セリムが出ていった店内でアルドは大きなため息を吐いた。



 剣の代金がかからなかった事は喜ばしい。だが、金銭的に余裕がない現状に変わりはない。

 ギルドに依頼でも受けに行こうと足を向ける。

 

 呼び止める声にセリムは立ち止まった。


「探しましたよセリムくん」

 

 呼び止めたのはフィーネだ。

 息を切らしスカートがずり上がっている。もう少し上にずれればパンツが見えてしまう。


「それで?」

「ギルドマスターがセリムくんを至急呼んできてほしいと。その…何かやらかしたんですか?」


 冒険者の活動範囲は大抵決まっている。

 大半の冒険者が依頼を受けにギルドにやってくる。その時に様々な情報がギルド内では飛び交う。

 

 フィーネはセリムの良くない情報を聞いていた。

 曰く、先輩冒険者に対しても敬いの心を持たない。

 曰く、平気で他人の獲物を奪う。

 曰く、売られた喧嘩は全て買う。そのうえで徹底的に相手を痛めつける。


 フィーネはセリムの今までの行動をマスターが罰するのだと考えている。

 

「さぁ? 別に何かやった記憶はないな」

「そう、ですか。取り敢えずマスターが呼んでいるので急ぎましょう」


 フィーネの後に付いてギルドに向かう中。兵士の数がやけに多いことに気づく。

 宿から出た時にも兵士が都市の中を駆けていたのを思い出す。


「やけに兵士の数が多いが何かあったのか?」

「事件があったらしいですよ」

「事件?」

「私も少し話を聞いただけなので詳しくは… ただ結構な大事なのは間違いないですね」


 ギルドに近づくに連れ兵士の数は増えていく。

 兵士の間を縫いギルドに入ると一気に視線が集まる。みんなピリピリしている。


 2階に上がりギルドマスターの部屋に通される。

 部屋に待っていたのはギルドマスターのレイニー。アーサー。アルス警備部隊総隊長メルク。


 物々しい雰囲気を醸し出す3人。

 フィーネはお茶を用意して直ぐに退出した。


「座ってちょうだい」


 セリムがソファーに腰を下ろす。

 レイニーの後ろに控えていた2人が移動する。まるでセリムを逃さないように。

 アーサーはセリムの背後に。メルクはドア近くに。


 ギルドマスターの部屋であるにも関わらず武装状態。

 ここで争うことも念頭に入れた姿だ。


「随分な対応だな。これじゃ犯罪者扱いもいいとこだぞ」

「残念。性格には犯罪者扱いじゃなく容疑者扱いね」

「大差ないだろうが」

「違うわよ。まだ犯罪を犯したとは決定してないもの。今はね」


 意味深な物言いのレイニーにセリムは目を細めた。


「つまりこれから俺が犯罪者かどうか見極めるってことか…」


 レイニーは肯定も否定もせず。

 ソファーの前に置かれたテーブルに1枚の用紙を置いた。

 読めということだろう。


 用紙に書かれていたのは事件の内容だった。

 

 ――本日未明スラム付近の裏通りにて身元不明の遺体が発見。

 数日前から行方不明になっていたCランク冒険者、剛力丸の2名であると断定。

 

 オード=ドーブル。

 顔の形状が分からなくなるほどに殴られた痕を確認。

 死因:顔面陥没による頭部外傷。


 ジャン=フリッツ。

 死因:胸部を貫かれたことによる胸部外傷。

 胸部には火傷のような焦げ跡有り。


 路地内には争ったような形跡が多数。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 内容を読んだセリムは用紙を投げ捨てた。


「で、これを俺がやったと?」

「3日前。あなたがその路地辺りから出てくるのを見た人がいるの」

「証人がいるから嘘は無駄だ。さっさと真実を吐けと。そういうことか?」

「端的に言えばそう言うことになるわ」


 犯人はセリムなのは間違いない事実である。

 当然認めるなど選択肢にはない。

 かと言ってここから逃げることも出来ない。


(逃さないためにわざわざ武装させてまで待機させてたわけか。周到なことだな)


 アーサーでさえ倒せるか怪しい。そこにSランク冒険者のレイニーが加われば決着は一瞬だ。

 セリムが取れる選択肢は嘘を貫くしかなかった。


「知らん。俺には関係ない」

「当然そう言うわよね。でも路地の辺りに居たのは事実でしょ。何をしていたの?」


 セリムは腰の剣を鞘ごと抜く。


「どこぞの脳筋に壊されたからな。金もないし他の鍛冶屋に紹介された所に行ってただけだ」


 ここが地球ならば指紋鑑定や傷の具合から犯人を特定したことだろう。

 生憎ここは異世界。

 ”光魔法”を覚えているセリムには回復手段がある。とっくに手の傷は塞がり証拠はない。


「分かったわ。でもあなたの容疑が晴れたわけじゃない。だから完全に晴らすためにも協力してくれるわね」

「時間がかからないならな」

「それは安心して。すぐだから」


 ソファーから立ち上がり執務机へと向かう。

 1枚の用紙を軽くまるめると鉄のパイプに差し込んだ。

 船などにある伝声管に似ている。

 それで1階に合図を送ったのだ。


 ややあって白い服装の老人が入ってくる。


「こちらユーリア教会都市アルス支部司教――ハーデン=シュータ殿よ」

「ご紹介に預かりました。ハーデンです」


 柔らかな笑みを浮かべて挨拶するハーデン。その笑みが固まった。

 セリムが睨んでいた。

 こんな場でなければ今すぐにでも襲いかかられそうな。

 

 事実セリムは今すぐに襲いかかりたい衝動を堪えていた。

 

 ――徹底的に殴り許しを乞わせその上で踏みにじる。


 絶望する顔を浮かべると心がすく。

 

(まだだ…)


 深呼吸するセリムにレイニーが事情を説明する。


「ハーデン司祭を始め教会関係者の多くは相手の真偽を図るスキルを持っているわ。それを使ってあなたの潔白を判別してもらうということね」


 ハーデンからの質問にセリムは答えていく。


 ――路地に居た理由はなんですか?

 ――剣を修理するため。

  

 ――あなたが2人を手に掛けたのですか?

 ――知らん。

 

 ――2人とは因縁があるようですが”訓練”以降会っていないということですか?

 ――知らねぇっつてんだろ。


「…どうやら潔白のようですな」


 セリムの目を覗き込んでいたハーデンが告げる。

 場に弛緩した空気が流れた。


「そうですか。司教様ありがとうございました」


 レイニーの一言でその場はお開きになった。


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