第13話 鍛治師アルド
アーサーの剣を受け止めたことで剣にヒビが入った。
使えなくはない。だがいつ折れるともわからないものに命を預けるのは避けたい。
アーサーを恨んだ。
手持ちの剣は一本、それも形見と言ってもいい品だ。
セリムは適当な鍛冶屋で剣を修理しようとするが修繕費が払えなかった。
いくつかの店を回ったが結果は変わらず。
「ちぃとばかし頑固だがアルドの爺さんなら請け負ってくれるかもな」
鍛冶師の紹介された店は裏通りにある。
人目を憚るように建てられたそれは隠れ家的な様相を呈していた。
裏通りにあるだけあって日当たりが悪い。ホコリっぽく陰気な感じだ。店というより倉庫といったほうが正しい。
「これ開いてんのか?」
店内に明かりは灯っていない。
木扉のドアを開くと入店を告げる鈴の音が響く。
店内も外観同様陰気な感じだ。
埃にまみれた数々の武具に囲まれてその男――アルドは居た。
カウンターの奥で本を読んでいる。
チラリと一度視線を寄越すと直ぐに本に戻す。
「随分と疲れた顔だな。何件目だ?」
「あ?」
「ここに来るのは大抵が問題を抱えたゆつだからな。他の鍛冶屋をたらい回しにでもされたんだろ」
「分かってんなら剣の修理をしてくれ」
丁重な仕草でヒビ割れた剣をカウンターに置く。
「儂は冒険者の依頼は受けないと決めている」
「そうか。ならこれをくれ」
店内に飾られてあった剣を指差す。
埃を被ってはいるが細かな装飾が施された確かな一品だ。
「断る」
「じゃ剣を直してくれ」
「小僧。儂の話聞いておったか? 儂は冒険者の依頼は受けんと言ったんだ」
「なら俺からも言ってやる。俺の話を聞いてたのか?」
冒険者には商売しないアルド。
剣の修理もしくは新たに剣を売れと言うセリム。
2人の意見は真っ向から違う。
どちらかが折れなければ先には進めない。
現状不利なのはセリム。
セリムはあくまで依頼する側。お願いする立場なのだ。
強気に出て断られれば剣を修理する宛を失う。
引き下がらないセリムに頭を掻きむしるアルド。
傍目からも面倒な客の相手に嫌気が差しているのだと分かる。
「小僧。お前は理解しているのか? 武器を持つことの意味を。戦うことの恐怖を」
セリムは若い。
若さとは時に無謀なことを平然と行う恐ろしさがある。
理屈を理解せず無謀な自信で身を滅ぼす。
アルドにとって1番許せないものだ。
「武器とは人を傷つけ傷つけられる。簡単に人の命を奪うことだって出来る。理解しているか?
若いうちに強さに憧れるのは理解出来る。儂も男だからな。だが、そういうやつは大抵が自分にとって都合のいいことしか見ていない。自分が傷つくことも死ぬことも考えていない。
そういう目にあった時何も考えず無様を晒す。そんな奴に武器を売るのは無駄だ」
「随分な言いようだな。なぜそう言い切れる? 俺が何も知らないと」
「人間は大抵が現実を直視していない。小僧のような若造なら余計にな」
セリムはアルドの過去を知らない。それは逆も然り。
セリムはアルドを冷めた視線で見つめる。
アルドはぞわりと産毛が逆立つのを感じた。
(何だこの目は…)
闇より尚深い深淵を覗く瞳。
どれだけの経験を積めばこれほどの闇を抱えるのか。
アルドは勘違いを悟った。
――この小僧は戦いの恐怖を知っている。否、知りすぎている。
今まで見てきた中で一二を争うレベル。
「小僧。お前、何を見てきた…」
10年以上前のことだ。
アルドには息子がいた。
それを失う原因を作った男、そいつがしていた目とセリムがあまりに似ていた。
モノクルの奥から除く闇を凝縮したような昏く冷たい瞳。
恐怖を思い出し息が詰まる。
深呼吸して呼吸を和らげたアルドはセリムを見つめる。
「お前は、これから何を成すつもりだ?」
モノクルの男のような存在になるのなら手を貸すわけには行かない。
カウンターの下で拳を握る。
護身用の短剣を掴みいつでも戦えるように。
「世界を滅ぼす。そう言ったら信じるのか?」
信じられないが信じるに値する証拠を過去に見ている。
言葉に詰まるアルド。
セリムはつまらなそうに告げた。
「所詮言葉じゃなんとでも言える。俺が何を成すのか、それを知りたければ結果を見ろ」
セリムはヒビの入った剣をアルドに押し付けると店を出た。
関わってはいけない。
本能が警鐘をを鳴らす。
「誰かに伝えるべきか? いや…」
その日は不安で眠ることが出来なかった。
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