第5話 新人育成ギルド亭
ギルド前でメルクと別れたセリム。
初めての都市に浮かれる気持ちを抑えつつ見学する中――
「そーいや今日どこで寝るんだ?」
時刻は夕方過ぎ。
急ぎ周囲の人間に宿屋がある場所を聞き駆けつけるも既に満員。満員。満員。
「来て早々野宿… 勘弁しろよ」
季節は夏。
ちなみに地球での暦と同じく12ヶ月で1年周期である。
今は丁度9月。
日中ほどではないが石畳は熱い。
それに治安面で見ても地面で寝るなど御免被りたい。
セリムは急ぎ手持ちのお金を確認した。
金科1枚と銀貨9枚。
アルスまで来る時に行商人のおっさんに銀貨1枚を払っている。
カルラから支度金にと貰ったが、今までお金とは無縁の生活をしてきただけに金銭欲求とは無縁だった。
今更ながらメッツにゴブリンの耳と魔石をあげたことを後悔する。
「クソ。この手持ちじゃ高いとこは泊まれないし… 安い所は満員」
困り果てるセリムに声をかける者がいた。
「セリムくん?」
「…えっとあんたは」
「フィーネですよ。もう忘れてしまったんですか!」
「私結構可愛いって、覚えられることはあっても忘れられることはないんですよ」とぶつぶつ文句を言うフィーネ。
プライドが傷ついたらしく負のオーラが出ている。
「え〜と、それで何の用ですか?」
思わずセリムは敬語になってしまった。
「今日は仕事が多くて徹夜になりそうなので夜ご飯を買いに来たんですよ。そしたら丁度セリムくんがフラフラしてたのでどうしたのかな…と」
「宿屋が決まって無くて」
「宜しければ冒険者ギルドが経営している宿があるので紹介しますよ?」
フィーネの申し出を受け入れたセリム。
夕食を買ったフィーネについていき冒険者ギルドに戻る。
「では宿泊者名簿に記帳をお願いしますね。その間に宿屋の鍵を取って来ますので」
名簿には冒険者ギルドが運営する宿屋の名前が記載されている。
名前を書き終えたセリム。
宿泊者名簿と一緒に出されたビルド亭の説明書に目を通す。
ビルド亭利用規約。
冒険者ギルドが運営する宿屋です。
冒険者になったばかりの新人さん、レベルの低い冒険者さんを応援する為に建てられたものです。
よって2次転職に至った場合、もしくはCランクになった場合に退去願います。
3食食事付きお風呂は別料金です。
1泊銀貨1枚です。(日本円換算で1000円)
「お待たせしました。ビルド亭は冒険者ギルドの裏にありますので直ぐにわかると思います」
鍵を受け取ったセリムはギルドの裏に向かった。
ビルド亭は冒険者ギルドと同じかそれ以上の多きさだった。
木扉をくぐると直ぐに食事処が目につく。
学校の教室2つ分ほどの大きさがあり、その脇に階段がある。反対側には厨房があり、活きの良い声と香ばしい臭いが漂う。
セリムに気づいた宿屋の女将。
「おや、新人さんかい?」
「安いからとここを紹介されたんだ」
「当然さね。ここは新人冒険者を応援するために作られた場所さ。知ってるかもだが3食付きの風呂は別料金をいただくよ。
朝は6時から9時まで。昼は11時から13時まで。夜は18時から21までだよ。この時間以外は提供してないから気をつけな」
時計な高価な物のために普及していない。
各都市や街には決まった時間に鳴る時計塔が設置されている。鳴らされる鐘の回数によって時間帯がわかるようになっている。
字などが読めない者は鐘の音を頼りに時間を判断している。
「それと、料金は先払いだよ。まとめ払いか1日ごとに払う方法があるけどどうする?」
「とりあえず10日分頼む」
腰のポーチから金貨1枚(日本円換算1万)を渡す。
「あいよ。夕食はもうやってるから好きな時間に来なよ」
時刻は夕方18過ぎ。
ランタンに照らされた温かみのある食堂でセリムは食事をすることにした。
もはや食べ慣れたフランスパンのような硬さを持つ黒パン。野菜や肉などのクズを入れたスープ。魚の身を解し色とりどりの野菜と混ぜ合わせたサラダ。手のひらサイズのステーキ1枚。
新人育成を謳うだけあって食事も相当豪華だ。
「いっぱい食べて強くなりなよ」
セリムの背を叩き発破をかける女将。
手を合わせ食事をした。
セリムが食事をしてる頃――
冒険者ギルド2階、ギルドマスターの部屋。
そこでは受付嬢フィーネがギルドマスター、レイニー=グレイシアと話していた。
都市アルス冒険者ギルド、ギルドマスター。
レイニー=グレイシア。
御年230歳にして現役のSランク冒険者である。
長命主の1つ、龍人族。
戦闘力と生命力はこの世でもトップと言われる最強種族の1つだ。
プラチアブロンドの髪を結い上げ、褐色の肌を晒す扇情的な服装をしている。地球で言う所のアオザイだ。
年齢にそぐわぬ引き締まった肉体。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
積み重ねた年齢が醸し出す艶。異性同姓問わず魅了する。
渡された紙を読むレイニー。
その姿に見惚れていることに気づいたフィーネ。頭を振り意識を切り替える。
「マスター、どうですか?」
「あなたの言う通り中々期待できそうな子ね。さて、誰が適当かしら」
2人が話題にしているのはセリムのことだ。
冒険者ギルドには後進育成のために様々なプログラムが設けられている。
プログラムの1つに新人冒険者の面倒を上の者が見るというものがある。
上のランクの冒険者に付いていかせることで冒険者のイロハや技術を学ばせるのだ。
2人は指導者を誰にするのか悩んでいた。
ここで問題になってくるのがセリムのスキルだった。
スキル数は少ないがレベルが高い。
レベルが低い者では戦闘面で学ぶことが少ない。後進を育成する目的から逸れてしまう。
「セリムくんのことを考えるとアーサーさんが妥当ではないでしょうか?」
「丁度この前大きな依頼を終わらしたと言ってたから丁度良いかもしれないわね」
「わかりました。明日アーサーさんが来たら話しておきます」
「お願いね」
フィーネが軽く頭を下げ退出する。
レイニーはフィーネから貰った紙に目を落とす。
セリムの情報が書かれたものだ。
今日登録したばかりではあるがスキルレベルの高さには驚く。
どのような生活を送ってきたのか、興味を抱く。
何にせよ龍連山脈、帰らずの森が近隣にある都市アルスにとって貴重な戦力に変わりない。
後進が育っていることに嬉しく思うレイニーだった。
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