第21話 閑話

 セリムがソート村を追われて2週間後。

 ソート村で”祝福の儀”を終えた教会一行がユーリア教会本部へ戻った。


 セリムと相対した黒髪の騎士――ユグトリア=キリギス。

 報告のために教皇の元へ訪れていた。


 白を基調とした清潔感あふれる室内。金銀の装飾がところどころに飾られキラキラと輝いている。

 三段ある階段の上に豪奢な装飾が施された祭服の教皇がいる。


 片膝を吐き頭を垂れるユグトリア。

 

「祝福の儀を終え無事帰還いたしました。つきましてはそのご報告をしたく思います」

「無事に戻ってきたようでなによりです。ですが報告は不要です」


 総白髪の好々爺然とした教皇。長い白ひげからもその印象は強い。

 目を細めユグトリアを見ている。いや、見ていると言うよりは見下しているようだ。

 怒りとい言うよりは侮蔑か。


「詳細はともかく、大凡の内容は既に報告を受けています。騎士ユグトリア」

「はい」

「今回のことは教会にとっても世界にとっても大損害です。貴方の首1つでは到底足りない失態ですよ」


 今回騎士ユグトリアの失態はセリムを取り逃したことだ。

 

 神敵者を取り逃がせばどうなるか。

 神殿騎士であるユグトリアが知らないはずがない。


 覚悟を決めた顔をする。


「謹慎|一月(ひとつき)です。その間の仕事は他の上位騎士に委任してください」

「え… それは」


 あまりにも軽い罰。

 ユグトリアは返す言葉が見つからない。


 教皇は言葉を返さなかった。


「謁見はこれにて終了とします。退出ください」


 謁見の間にて教皇を守護する番外騎士が告げた。

 

 ユーリア教会には騎士に4つの位階が存在する。

 番外騎士。

 最上位騎士。

 上位騎士。

 下位騎士。


 上から順に位階が高く戦闘面でも優れた者が多い。


 ユグトリアは最上位騎士。目の前の騎士は番外騎士。逆らえるはずもない。

 釈然としない気持ちを懐きつつユグトリアは謁見の間を退出した。 

 


 謁見の間を出たユグトリアは近くに居た同僚に呼び止められた。


「生きてるって事は首は差し出さなくて済んだってことでいいっぽいな」

「そう、だな」

「何だその釈然としない感じは」


 ユグトリアは教皇とのやり取りを話した。


「理由を聞く暇も与えず追い出された、ね。」

「正直俺には教皇陛下のお考えが理解できない」

「当然だろ。上の者の考えが理解できるならこの世に理不尽な命令なんてないだろうさ」

「それは…そうかもしれなが」


 納得は出来ないが理解は出来ると不承不承頷くユグトリア。


「それよりも、だ。お前が失敗なんて珍しいよな。どうしたんだ?」

「俺にもよくわからないんだ。あの日の記憶があやふやで」


 ユグトリアの頭に心配げな視線を送る。


「何だその目線は?」

「ハハハ… いや悪い。突然何言ってんだこいつ、頭おかしくなったのか? なんて思ってないから安心しろよ」

「目を見て言ってみろ」


 同僚の騎士は目を合わない。

 咳払いをして露骨に話題転換を図った。


「記憶がないって何だよ?」

「祝福の儀で”災厄の種”が出た瞬間までは覚えてるんだ。そこから自分がどうやってどこで何をしていたのかがわからないんだ。気づいたら村と森の境目に立ってた」

「何じゃそりゃ」


 それ以上の説明が出来るはずもなく、別れ道で2人は別れた。


  

 ユグトリアが次に訪れたのは聖女の部屋だった。

 扉の前に立つ女性騎士に頭を下げ事情を告げる。


 部屋の中に居る聖女に女騎士が事情を説明しに行き数分。

 女騎士が部屋から出てくる。


「入って構わないとのことです」


 再度騎士に向けて頭を下げたユグトリア。

 ノックをして入室する。


「上位騎士ユグトリア=キルギスです」

「どうぞお入りください」


 鈴の音のような心地よい声音。

 入室したユグトリアは片膝をつき挨拶を述べた。


 ユグトリアの目の前、椅子に腰掛け外を眺める少女。この少女こそがユーリア教会当代の聖女である。

 名をロゼリア=ティルス=ユーリア。

 病的な程に白い肌。腰まである長い黒髪は後頭部で纏め上げられている。ツニヨンというやつだ。

 

 肌の所為で予想以上に黒髪の印象が強く周囲からは”黒の聖女”などと呼ばれている。

 本人もそれを強調するように黒物の服を好んで着ていた。


 澄んだ空のような青色の瞳がユグトリアを捉える。


「長旅お疲れさまでした。わざわざご報告に来てくださりありがとうございます」

「ご報告が遅くなりましたことお許しください」


 先に教皇の元へ報告に行くことは道理。

 ロゼリアは柔らかな笑みを浮かべ首を振った。


「楽にしてください。ここは公的な場ではないのですから」

「ありがとうございます」


 立ち上がり手を後ろで組むユグトリア。

 休憩のポーズではあるが、ロゼリアからすれば堅苦しさは変わっていなかった。

 苦笑を浮かべた。


「今回は災難でしたね。教皇陛下はなんと?」


 ユグトリアは教皇からの沙汰を告げた。このようになった理由を知っていれば教えて欲しいとも。

 首を振る聖女ロゼリア。


 僅かに落胆するユグトリア。


 報告を終えたのを確認すると退出を促す聖女ロゼリア。

 ユグトリアはどうするか迷った末にゆっくりと口を開く。 


「聖女様1つお聞きしたいことがあります」

「何でしょうか?」


 嫌な顔1つ浮かべないロゼリアに感謝しつつ同僚騎士に話した記憶の欠陥について触れた。


「考えられるとすれば”悪魔”でしょうか」

「悪魔、ですか?」

「はい。悪魔についてはご存知ですか?」


 頷くユグトリア。


 悪魔というのは人間などが暮らす次元とは別の次元に存在すると言われている。

 次元を越えて現界するには相応の力が必要になる。当然力がない悪魔は現界すら出来ない。だからと言って現界出来れば終わり、というわけでもない。


 次元が違う世界にいるのだ。

 存在する物質やエネルギーが同じとは言えない。


 悪魔は存在を維持するためにも多大な力を消費する。

 余程強力な悪魔でなければ長時間の現界を果たすことは出来ない。かと言って強力な悪魔でも永久に現界出来るわけではない。

 

 そこで重要になってくるのが宿主だ。


 波長の合う生物に宿ることによって力の消耗を抑える。それだけでなく長期に渡って宿ることによって宿主の意識や行動に干渉出来るようになるのだ。


「では、私の中に強力な悪魔がいるということでしょうか?」

「あくまで可能性ですがね。もしよろしければ”浄化の儀”を執り行なう手配を整えますよ」

「良いのですか!?」


 頷くロゼリア。


「貴方は我が教会にとって数えるほどしか居ない上位騎士の1人。手を差し伸べる理由には十分です」


 頭を下げ感謝を示すユグトリア。

 最近の悩みを解決出来るとだけあって心が軽くなるのを感じた。


「それと引き換えと言ってはなんですが、もしわたくしが力を貸して欲しいと言った時にはお願い出来ますか?」

「もちろんです。我が身は教会を護る剣にして盾。そのような言葉がなくとも必ずや」


 仰々しい仕草でかしこまるユグトリアに苦笑するロゼリア。

 

 最後まで堅苦しさを捨てなかったユグトリアが退出する。

 ドアが閉まる。

 それを境にロゼリアの顔に影が差す。


 今までの柔らかな表情が消える。

 全てを見下す無機質な瞳。口元は一文字に結ばれ一切の感情が伺い知れない。


「恩を売るにも大変ですね。ですがこれで」


 無機質な瞳に妖しい光が宿り口を歪ませる。


「神敵者… この世から根絶して差し上げますよ。絶対に」


 

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