第17話 師と弟子

 家を背に飛び出したセリム。目指すのは森だ。

 現状全てが敵。


 唯一”厄災の種”スキルを知っても態度を変えなかったカルラだけが頼りだった。

 

 木剣と最低限の着替えをまとめたカバンを手に森を目指すセリム。その前に騎士が立ちはだかる。

 数は2人。

 ヴェルグ家からセリムを追ってきた者たちだ。


「ガキが手間かけさせやがって」

「いいじゃねぇか。追いついたんだ。ここで多少甚振って気を晴らそうぜ」

「おいおい。痛めつけると後で怒られるんじゃないのか?」

「相手は神敵者もどきだ。抵抗したとか言えば問題ないだろ。こいつが真実を言っても誰も信じるわけないしな」


 納得顔の騎士。

 悠長にやりとりをしているが隙がない。

 セリムの技量が低いのもある。騎士というだけあって技量が高いのだ。


 残念なのは強さと性格は比例しないと言うことだろうか。


 木剣を抜き構えるセリム。


 嬲ることを目的にした隙だらけな振りで切りかかってくる騎士。

 舐めてくれるおかげで対応出来ている。しかし、一撃一撃が重い。レベルとステータスの差が如実に現れている結果だ。


 小柄な身を利用して騎士の死角に潜り込むセリム。

 もうひとりの騎士の蹴りがセリムを襲った。


「っぐ!」


 運悪くつま先が鳩尾に入り胃液を吐き出す。

 隙をさらすセリムに躊躇なく追撃をかかる。


 横薙ぎの一撃。

 吐き出される胃液を堪え歯を食いしばる。木剣でガードする。

 衝撃で木剣は弾き飛ばされ頬を薄く斬られる。

 

 初めて感じる切られた痛み。

 気を散らすことが致命的結果を招くと分かっていながらも、セリムの意識は逸れてしまう。


 ニヤリと騎士が笑う。


「しまっ…」


 騎士が上段に構えた剣を振り下ろした。

 だが、セリムに当たることはなかった。


「危機一髪だったな…」


 セリムの剣の師――ローウ=タンクだ。

 騎士が剣を振り切る前にスライディングでセリムをかっさらったのだ。


 騎士に向けて真剣を構えるローウ。

 いつもの農業するおっさん然とした雰囲気ではない。元Bランク冒険者として数多の戦場を生き抜いてきた戦士がいた。 


「あんたらそれでも騎士か? 子ども相手に大人が情けねぇぞ」

「そこを退けおっさん。そいつは人類の敵、庇うのなら貴様諸共叩き切るぞ」


 ため息を付くローウ。

 

 「失望させるなよ」


 ローウにはストラという娘がいる。

 母親を早い時に亡くして以降男手ひとつで育てた娘だ。その娘が騎士をしているのだ。


 ストラは騎士に憧れローウも応援した。

 騎士に対していいイメージを持っていたからこそ目の前の騎士の言動が理解できない。

 娘が目指したものがそんな程度のものなのかと。


 退かないローウに騎士が襲いかかる。


 「セリム。お前さんのことはここに来るまでにちらっと聞いた」


 助けてくれたことから敵ではないと理解しつつもセリムの体は下がろうとしていた。


 ローウが背負っていたバックをセリムに投げ渡す。


 「受け取れ。そこに必要なもんが入っとる。さっさと行け」

 「ロー師匠…」


 騎士と切り結びながらローウが笑う。


 「そこを退けっ!」

 「神敵者? くだらんなぁ」

 「なんだとっ!」

 「そいつが一体お前さんらに何をした? 何もしとらんだろうが。なのに何故恨む。憎む。お前らさんがそうするのは世間がそういうものだからと流されとるだけだろ!」


 騎士を弾き飛ばしたローウが逆に攻め込む。

 騎士2人相手に互角にやり合う姿に逃げるのも忘れ見入るセリム。


 「儂はなぁ! この世界が嫌いなんだよ! 神敵者だからってだけで忌み嫌い憎む。何をした訳でもないのに。その結果が今の憎しみの連鎖が生まれた世だ。どこかでこの連鎖を止めなければ何の罪もない者が無意味に殺されるだけだ」

 「だから何だ! 神敵者を殺さなければ悲劇が生まれる。俺たちはそれを止めるために殺す。これが正義だ!」

 「このわからず屋が!」


 ローウの脇を抜けセリムの元へ駆ける騎士。

 応戦しようとするが木剣がないことに気づく。数メートル先に転がっている。先程弾かれた時のままだ。


 一瞬動きの止まったセリム。

 ローウが体を滑り込ませセリムを護った。

 背中をバッサリと斬られ地に膝を立てつつ騎士を追い払う。


 「何をぼさっとしとる。さっさと行け」

 「師匠、俺は…」

 「師とは弟子の面倒みるもんだ。弟子とは師の思いを継ぎさらなる弟子に託すもの。お前さんが何者だろうと儂にとっちゃ弟子の1人に過ぎん。分かったらさっさと行け」

 

 大量を血を流し息を荒げながらも言い切るローウ。

 瞳には一切敵意も嫌悪もない。ただセリムを憂う色があった。


 「…っ! お世話に、なりました…」

 「おう! 達者でな」

 

 互いに背を向け駆け出した。

 

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