第16話 親と子

 転がり込むようにして家に飛び込むセリム。

 ちょうどリビングにいた2人は肩をはねさせた。

 

「セ、セリム!? いきなりどうした!」

「二人共準備しろ!」


 口調を取り繕う余裕などない。

 一方的に告げる。


 2人は眼を瞬かせ顔見合わせて首をかしげる。

 乱暴で一方的に告げられれば仕方がないがじれったい。セリムは怒りを吐き出すと2階へ掛けていく。


 ベッド脇に置いてあった木剣を手に取る。


 外が騒がしい。

 窓から覗くとすぐそこまで騎士が迫っていた。

 ガシャガシャと鎧をこすり合わせながらヴェルグ家目指して一直線だ。


(クソっ。巻いたと思ってたのに…)


 子どもの速度では巻ききれなかったようだ。もしくは泳がされたのか。どちらにせよ時間がない。

 セリムは一階に降りると再び2人に逃げるよう促した。

 

 外から聞こえる物騒な音。

 ことここに至りハンスもシトリアも何か危険が迫っていることに気づく。


 テーブル脇に掛けてあった真剣を手に取るハンス。

 ドアの隙間から油断なく外を覗く。


「セリム。どういうことだ?」


 先程までとは違い引き締まった表情に真剣な声音だ。


 心配気なシトリアの目線にどう説明したものか思案するセリム。

 

(時間がない。どう説明すればいいっ!?)


 説明するにはセリムが”災厄の種”スキルを持っていることを明かさなければいけない。そうした場合、2人からどんな目を向けられるか。

 今のセリムは恐怖があった。


 ハンスがドアから距離を取る。

 騎士がドアを乱暴に叩く。ドアが軋み、破片が飛び散る。


「さっさと開けろ!」

「騎士殿! いくらあなた方に権力があろうともいささか乱暴すぎる来訪ではありませんか?」

「開けぬというのならこのドアを叩き切るぞ」

 

 怒鳴るハンスに怒鳴り返す騎士。

 ろくな説明もなく今にも切りかかりそうな雰囲気を察したハンス。

 セリムとシトリアを抱え奥の部屋に移動する。


 直後、ドアが真っ二つに両断され敵意剥き出しの騎士が乗り込んでくる。


「これは一体何の真似ですか! ことと次第によっては――」

 

 ハンスが怒鳴るが騎士は話を遮り、それ以上の怒声でもって応えた。


「その子どもを渡せ!」

「断る! いきなり襲って来といて子どもを渡せだと? ふざけるなっ!」

「”災厄の種”を持つ其奴を庇うのなら貴様らも”世界の敵”とみなす! 全員抜剣!」


 騎士の叫びに続く騎士。

 テントの周囲で警護をしていた騎士の内3人が抜剣する。

 

 太陽に照らされて鈍く光る刃。それが簡単に人の命を奪うものだと理解できる。


「どう、いう、意味だ…」

「先程測定した結果、その子どもに”災厄の種”があることを確認した。ユーリア教会神父様の命により捕縛、抵抗すれば始末する」


 シトリア、ハンスの二人の目が驚きに見開かれる。

 錆びついた機械のようにゆっくりと視線がセリムを捕らえる。

 

 悪夢を見ているような。信じられないとシトリアはわずかに首を振る。

 両者から嫌悪感に近いものが湧き上がる。セリムは2人から1歩2歩後ずさった。

 

 呼吸が荒くなる。

 

 周りは全てが敵になった。セリムは抱えていた木剣を構えようとして動きを止めた。

 2人から嫌悪感は消えていた。ただ少し恐怖を感じているようだった。


「…そういうことか」

「分かったらさっさとそこを退け!」

「退くかぁっ!!!!」


 今まで聞いたことのないような声で叫ぶハンス。

 セリムはいつの間にか近づいていたシトリアに抱きしめられた。

 

「ごめんね。セリム」

「なん、で…」


 驚くセリムを撫でるシトリアはハンスへ視線を向ける。釣られるようにセリムも向いた。


 驚きをあらわにする騎士にハンスは硬い意思のもと叫んだ。


「どこの世界に子どもを死に追いやる親がいるんだぁっ! 子どもにはな生きてほしいって幸せになってほしいって、親ならそう願うもんなんだよ!」

「子供のためになら親は何だってする。してあげたくなるものなのよ」


 ハンスに続きシトリアも叫ぶ。

 それは騎士にセリムは渡さないという明確な拒絶だ。同時にセリムを受け入れる証でもある。


 セリムの頬を液体が伝った。


 拭って初めて涙を流したことに気づく。


(あ、れ? おかしいな… これじゃまるで俺が2人のことを好きみたいじゃないか…)


 情はあるが好きだとか愛だとか、そういったものはないと思っていた。

 知らぬうちに2人を”家族”として愛していた。 

 

 親を呼ぶ言葉はいくつもあるがそのどれも呼んだことがない。

 セリムは後悔した。


 今すぐ呼ばなければもう呼ぶ機会はないかもしれない。

 そう思うと自然と口が動いた。


「母さん、父さん…」


 2人は驚き、見合い笑みを浮かべた。


「ハハハ… 何でだろうな。こんな時だって言うのに嬉しくて涙が出てくるなんて」

「そうね。私もなんだか… おかしくなっちゃたのかも」


 この瞬間をもって3人は本当の家族になった。




「もはや待たぬっ!」


 3人の世界を引き裂く騎士。

 老騎士の指示により背後の騎士がハンスに襲いかかる。 


 背後のシトリアとセリムを庇うように前に出るハンス。

 騎士の剣を受け止め切り結ぶ。

 家の中という狭い範囲ではあるが互いに躊躇などない。


 騎士というだけあってその剣は澱みない。水が流れるように絶え間なく繰り出される斬撃。ハンスも同レベルで応じる。


 高レベルの戦いだ。

 ローウが言っていた騎士になる才覚があったというのは嘘ではないようだ。


 何合と打ちあった結果、勝利したのはハンスだ。上段からの一撃で騎士を斬り伏せた。


「命に代えてもここは通さない!」

 

 苦々しい顔の老騎士。

 ガシャガシャと擦れ合う鎧の音が聞こえると片頬を上げた。

 援軍だ。


「二人共、よく聞くんだ。俺はここでこいつらの足止めをする。そのうちに窓から逃げろ!」

「でもそれじゃハンス、あなたは…」

「心配するな。俺の剣の腕前知っているだろ?」


 騎士が壁を壊し押しかける。

 いくらハンスが剣技に優れていても1人で対処できる数ではない。


「セリム。私達のもとに生まれてきてくれてありがとう」

「何を…」

「きっとこれから苦しいこと辛いこといっぱいあると思うけど。折れないで。挫けないで。いつでもお母さんは見てるから」

「父さんもな」


 涙を流すシトリアが強くセリムを抱く。


「ちゃんとご飯食べてね。しっかり寝るのよ」

「ダメ、だ…」


 別れの言葉を受けとるのを頭が、心が拒否する。

 ようやく本物の家族になれたのだ。こんな所で別れるなど…


 ハンスの隣に立ったシトリア。

 ハンスだけでは荷が重い。それでも2人ならば…


 互いに見合い頷きあうハンスとシトリア。

 真剣味のある声でシトリアが言う。


「行きなさい」


 動かないセリム。

 

「行きなさい!」


 動かない。


「行きなさいっ!」

「行けっ!」


 2人の叫びが重なる。

 弾かれるように窓に向けて駆け出した。


「必ず、必ず助けに来るから!」

「あぁ、待ってるよ」

「それまで堪えなくちゃね」


 セリムが少しでも安心できるように気丈に振る舞った2人。

 助けが来ないことなど理解している。

 圧倒的に力が足りない。力を付けたとしてもこの出来事は過去。セリムが駆けつけたときには終わっている。 


 セリムがここで止まらないために。

 2人は弱音も絶望も諦観もしない。

 

 セリムが窓から逃げた直後。

 家の中での激しい戦闘音が響いた。


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