第10話 闇
セリムはゴブリンと戦った森に来ていた。
本来はローウと修行があったのが、目覚めたばかりで安静にするということで中止となった。
「…いた」
木陰で仲間同士会話するゴブリンを見つける。
数は2匹。
一先ず静観し、1匹になることを待つ。1匹ですらギリギリな今の状態で挑めば勝率などない。
ゴブリンの後をつけ森深くに入ったセリムは不思議なものを見た。
(鍛冶屋のおじさん?)
ソート村唯一の鍛冶職人である男性がゴブリンと
魔物と会話は成立しないというのが常識だ。出来るとすれば意思疎通がせいぜい。目の前の光景は常識を覆していた。
「いいですか、あっちが村の方向です。今から三日後群れを率いて向かってください」
「グギャ? グギギ!」
「えぇ。村人は好きにして構いません」
「グガッ!」
「どうせなら繁殖か食料にしたほうがこれからの季節安心ですよ?」
「グギグギ」
互いに握手を交わし頷き合っている。
鍛冶師の男は手を振りその場を後にしようとした。背後からものすごい勢いで岩が飛来する。男は咄嗟に避けたが、ゴブリンは反応できずに潰された。
「やれやれ。随分とひどいことを」
飛来した岩は金属同士がこすれるような不快な音を立てると立ち上がった。
岩のゴーレムだ。
目らしき部分は赤く光を放ち、男を離さない。
ゴーレムが男に襲いかかる。男は腰に佩いていた剣を抜き応戦した。
軍配はゴーレムに上がった。
男の剣は半ばから折れ、あらぬ方向へ飛んでいった。
「両手でやったにも関わらず押し負けましたか。やはり鍛えてない体というのは貧弱ですねぇ」
武器を失い絶体絶命。しかし焦る様子はない。
これから起こる悲劇を他人事のように語る。
(どういうことだ? 確かおじさんは昔腕を怪我してまともに戦うことは出来ないはず)
村唯一の鍛冶師ということでヴェルグ家でも何度か話題に出ることがあった。
緩慢な動作で襲いかかるゴーレム。男は身を翻すと木々の隙間を縫って逃げる。あとを追うゴーレムだったが、巨体で木々の間を通ることが出来ず追うのを諦めた。
ゴーレムが男を追うとセリムもその後を追いかけようとする。
ゴブリンの死体近くを進むと死んだと思われていたゴブリンが動いた。
鍛冶師の男が捨てていった剣を拾いゴブリンに止めを刺す。
体に燃えるような熱が奔る。
「や、っぱりか…」
体の内から何かが溢れてくる感覚。胸を抑え蹲るセリム。
そこへちょうどゴーレムが戻ってきた。
無機質な赤い瞳はセリムを捉えた。
体を無理やり動かし逃走を図る。不思議なことにゴーレムが追ってくることはない。視線こそ向いているが見ているだけだ。
ゴブリンを一撃で仕留める相手に勝てる方法は今のところない。逃げなければ。いつゴーレムの気が変わり襲われるかわからない。
(調子に乗って森になんて来るんじゃなかった)
後悔の中なんとか逃げたと思った矢先、感じたことのない悪寒に襲われる。
ゴブリンやゴーレムにあった時の比ではない。
枝葉で遮られ鬱蒼としていた森だが今はより暗い。まるで闇に包まれたかのように。
見えるものすべてが黒く塗りつぶされている。
闇はどんどん範囲を広げる。セリムのいる場所以外はすべてが闇に覆われた。
「あらあら、随分と可愛いお客さんだこと」
闇の中から女性の声が響いた。
その声は澄み渡る空のように汚れのないものに聞こえた。この闇をなんとかしてくれるかもしれない。
一条の希望を見出したセリムは助けを請うた。
闇の中から姿を表す女性。
深いスリットの入ったスカートに鍔広の帽子。全身を黒色で揃えた姿はイメージそのままの魔女だ。
闇の中にあって赤く光る紅眼。くすむことなく存在感を主張するプラチナブロンド。
悪魔。もしくは魔王。
闇の原因が目の前の女性であることを悟る。セリムは抗いようのない力の前にただ誰とも分からない存在に祈るしかなかった。
「ルシア…?」
困惑する女性の声が耳にやけに残った。
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