第9話 親

 ゴブリン討伐から2日経った。

 その間セリムは眠り続け、ようやく今日目を覚ました。

 

 初めて経験する殺意と多大な緊張。疲労は限界を越えていた。

 

 「ここは…」

 

 首だけ動かし周囲の様子を伺うと驚きに目を見開く母――シトリアと目が合う。

 シトリアは水の入った桶を落とした。濡れたことも気にせずセリムの元に駆け寄ると抱きしめた。


 「セリムっ!」

 「…いたっ」


 セリムの声が聞こえないのか、シトリアの力は弱まらない。痛みから逃れようとするセリムに追い縋る。


 わんわんとまるで子供のように泣くシトリア。その姿を見て余程心配をかけたと理解した。


 「…」

 

 温かい。

 自分のことを心配してくれる。

 自分の為に泣いてくれる。


 ただただそれが嬉しい。


 これまで壁を作り避けてきた。それなのにこうして抱きしめてくれる。

 気がつけばセリムもシトリアを抱きしめ返していた。


 (ありがとう)


 恥ずかしさから声に出すことは出来なかった。



 セリムが目を覚ましたという知らせは直ぐにセントレア家とハンスへ伝えられた。

 仕事があるということでハンスは来れない。逆にセントレア家はすぐに駆けつけた。


 「や、やぁ」


 シトリアからセントレア一家が心配している話を聞いていたセリムは、精一杯元気な姿を見せようと声をかけた。


 カトレアの後ろに隠れていたルナ。

 セリムの姿を見つけた途端、カトレアを押しのけセリムに抱きついた。


 「のわぁ!」

 「ゼリ゛ム゛ぐ〜ん゛!」


 滝のように涙と鼻水を垂らすルナ。

 抱きついた拍子にセリムの服に付着した。


 セリムの悲鳴は抱きつかれた驚きというより、服を汚された悲鳴だ。


 「ちょ、おい!」


 押しのけようとするが起き抜けのセリムでは無理だ。ルナが泣き止むまで延々と体液をなびられた。

 母親たちは微笑ましそうに眺めていた。


 (助けてくれ…)



 ルナが落ち着くとセントレア家からお礼と謝罪を受ける。


 「ありがとうセリムくん。あなたのおかげで… でも無茶はダメよ?」

 「は、はい」


 視線を合わせるために屈むカトレア。胸元の開いた服から谷間が覗く。

 人妻だと理解しつつも男として抗えぬ誘惑に視線が吸い寄せられる。


 (期待できるな)


 カトレアの血を継ぐルナも将来的にこうなる可能性がある。唯一助けてよかったと冗談ぽく考える。

 実際何故あの時庇ったのか、セリム自身にもわからない。

 

 それからルナからも礼をもらう。

 先程醜態を晒したからか、頬を染め恥ずかしそうにしていた。


 夕方、帰ってきたハンスにルナと同じような行動をとられ辟易するセリム。早々に夕食を済ませると2階に上がった。

 その際にしつこく追いすがるハンスをシトリアが毒づいた。


 「あまりしつこくするとセリムに嫌われるわよ?」

 「セリムッ!? セリムは父さんのこと嫌いじゃないよな!?」

  

 一階からの声を無視し、布団に横になる。

 目を瞑るとゴブリンとの戦闘が思い出される。


 持てる力すべてを振り絞った、死闘。よくやったとハンスからも褒められたがセリムとしては納得できる結果ではなかった。


 「ゴブリン一匹、それも手負いのやつにあんなザマじゃ…」


 気を失った後、村に逃げ帰ったルナがカトレアに助けを求めた。カトレアはハンスに事情を伝え、負傷したセリムが発見される。

 目を覚ました時に家にいたのはそういう経緯がある。 


 ゴブリンは最弱の魔物という認識がある。

 それに手こずるようではこの先、母親を探す旅に出た時に不安だ。

 

 もっと早く強くなる方法はないか、考えを巡らす。そこでふと、ゴブリンと戦った後に感じた異常な熱を思い出す。

 まるで体の中で大きな力が解き放たれたような。

 体が作り変えられていく感覚。

 まさにレベルアップがしっくりくるような感覚だ。

 

 「ステータス…やっぱり出ないか」


 異世界ものの小説を読んだことがある。

 転生してすぐに思いつく限りの単語を並べ試したがそれらしきものに反応はない。

 

 ユーリア教会が配布する聖書にステータスに関する記述がある。

 

 10歳になると受けられる”祝福の儀”。

 その人の適正、もっとも才能があることを見出す。この時に同時にステータスも神から与えられるというものだ。


 スキルもステータスも”神”から与えられる恩恵。

 よってどんなに頑張ろうとも10歳になるまでは見えない。

 加えて言うならば10になるまではモンスターを倒すことを禁じる項目まで記載されている。


 「意味わかんねぇルールになんか従うかってんだ… もう一度ゴブリンを倒して確認する。そんでさっさと強くなる」


 宗教に嫌悪感を持っているセリムに従う気などさらさらない。

 後にこの選択がどういう結果をもたらすか、それを理解せずセリムは決意した。


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