第7話 泥団子フェスティバル

 セリムの欠点は自身に気を取られすぎること。

 それを改善する為にローウが用意したのはカゴいっぱいに詰め込んだ泥である。


「ちょい用意に時間がかかる。少し休憩しとけ」


 抱えてたカゴを下ろす。背負ってもいたらしく背中のも下ろす。


 おにぎりでも作るように2種類のカゴから中身を取り出して合わせていく。

 土で包む黒茶色の物体。

 それから嫌な予感を覚えさせた。

 軍手を付けて作業しているのだから尚更。


 30分ほどが経ち、ローウはようやく準備を終えた。

 手元にはカゴいっぱいに詰め込まれた泥団子。それも2つ。


「何するんですか?」

「今からこれを投げる。お前さんはさっきと同じように動きながらこれを回避しろ。当たったら… まぁ当たらないようにすれば問題ない」


 細かな足運びを踏みながら投げつけられる泥団子を回避する。

 今までのように自身にだけ意識を向けていては回避できない。


 1投目。

 足運びに意識の殆どが向いていたことで反応が遅れた。

 回避には成功するが、体勢を崩す。


 2投目。

 崩れた体勢を腕の力で支える。地面に手を付き前屈のような体勢で。


 3投目。

 崩れた体勢を立て直す時間はない。地面を転がり回避を試みるが、真上から落ちてきた泥団子は回避できなかった。


 背中に当たった泥団子が割れ、中から強烈な臭いを放つ。


「っ!」

「そいつは堆肥だ。すごい臭いだろ。牛のやつをつかっとるからな」


 鼻がもげそうになるのを堪えつつ立ち上がる。

 まだ修行は始まったばかりだ。


 泥団子フェスティバル。

 5回目。


「まだ足ばっか意識向いてんぞ。こっちにも意識向けねぇと臭くなるぞ」


 10回目。


「今度は泥団子に意識を取られすぎだ。足が止まってんぞ」


 15回目。


「両方とも中途半端になってるぞ。これならさっきまでの方がまだマシだ」


 20回目。


「どうした。もうバテたか? 今までで最低な動きだぞ」


 ローウの言葉に悔しさが募る。

 事実であり否定できない。


 年齢を言い訳にする事も出来る。

 しかし、セリムはしなかった。


 してしまえば修行をしている意味がない。


 これは将来を見据えてのことだ。

 母を見つけるためには冒険者になることは必須。そのための力が欲しい。


 重い体を動かし立ち上がろうとするが地面に崩れ落ちる。


 (初めてで年齢を考慮すれば御の字か)


 ローウは修行の終わりを告げた。


「昼過ぎにお前さんのお母さんが迎えに来ることになっとる。それまでに湯浴みをしとけ。ついでに昼も食ってけ」




 食事を出された時、食べ終わった時にセリムはローウにお礼を言った。

 珍しいものでも見るような頓狂な顔のローウ。


「セリム。お前って本当にハンスの子どもか!?」

「…どういう意味ですか?」

「想像出来ないだろうが、ハンスって昔悪ガキでな。お前さんとは似ても似つかないと思っただけだ」


 今のハンスはダメ親父感がある。

 セリムの誕生日で披露した芸を失敗したり、家事を手伝えばやり方にダメ出し受けたり。


 父親を知らないセリムから見ても格好悪い。


「喧嘩に女性の湯浴みの覗き、畑の作物を勝手に食べたり…本当に面倒な悪ガキだったなぁ」


 懐かしむように語るローウ。


「それが変わったのは確か16の時だったか。シトリアのお腹にお前さんがいるのが分かった時だったな」


 父親になる。

 新たな生命を背負い、育む。


 ハンスに使命感が芽生えた瞬間だ。


「元々儂のところで剣を習ってはいたんだが、まともに修行しなくてな。子どもが出来て父親として自覚が出来てから真面目に取り組み始めたんだ」

「16歳から?」

「そうだ。ハンスはメキメキと実力をつけた。当時、儂の娘も毎日修行してたんだが、それを簡単に追い越してな。毎日娘に愚痴を言われたものだ」


 剣の天才。

 ローウはハンスのことをそう評価した。


 それだけの実力があれば、22歳という若さで自警団総隊長を任されるのも頷ける。


「17で自警団に入ったかと思えば今じゃ総隊長… こんな田舎に止めるには惜しい才能だ。騎士にすらなれただろうにな」


 自警団は基本有志で成り立っている。が、村を魔物や盗賊から守るために大体の男が自警団に属している。皆が納得する理由でもなければ。


 17で入隊というのは遅い。

 それでまだ実力がなければよかったが、なまじ実力があったために総隊長にまでなってしまった。


 周りからのやっかみも多く、辟易する毎日を送っている。


「なんで騎士にならなかったんですか?」

「騎士ってのは最初の数年間は、同期と寮で暮らす決まりになっとる。そうなれば必然小さいお前さんと母親であるシトリアを残していく形になる。それがいやだったんだろうな」


 この話を聞き、セリムは優しい気持ちになった。


 今まで抱いていた”父親”への壁。


 城木宗太は父親のことを知らない。

 そのせいで父親という生き物にどこか得体のしれなさを抱いていた。


 (父親も同じ人間なんだ…)


 ローウの話を聞き、得体の知れなさが薄らいだ。


 ドアがノックされる。


「どうやら、お前さんのお母さんが迎えにきたようだな」

「今日はありがとうございました」

「気にするな。畑仕事しかやることがなくて暇してたところだからな」


 セリムはシトリアと共に家への帰路に着いた。


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