第6話 元冒険者

 ハンスとの修行を開始して早2ヶ月。


 剣を使うにあたって最重要な足運び。それを鍛えるために週に3回の走り込みと修行の日々。

 2ヶ月という期間で体は引き締まり、大きく体つきが変わった。


 ハンスが受けにまわりセリムの攻めをさばく。時折反撃する。

 ギリギリで反応し対応するがそのたびにセリムは体勢を崩す。大きな隙を晒してしまう。


(足運びは良くなったが、反面そこに意識がとられすぎて他が疎かになってるな…)


 ハンスが剣を下ろす。


「2ヶ月よく頑張ったな。修行はここまでだ」

「…これで終わり?」


 欠点がある。

 ハンスはそれを自覚しながらも終了を告げた。


「あぁ、俺との修行はな」

「ん?」

「これからお前を鍛えるのは俺じゃない。前に言ったと思うが俺に剣を教えてくれた師がいる。その人が教えてくれることになった」


 この2ヶ月、ハンスは仕事を早めに切り上げてセリムの面倒を見ていた。


 ソート村自警団警備総隊長という大役を担っている以上、これ以上抜ける訳にはいかない。


 ソート村はそれほど強力な魔物が出るわけではない。 


 森が近くにあるが、基本出てくるのはゴブリンなどの低級なものばかり。

 ハンスがいなくても対処できる。

 家庭の事情で長く仕事を休めば対外的に外聞が悪くなる。ただでさえ、若くして自警団警備部隊総隊長になった実力者、やっかみは想像できない。

 不満から連携機能が麻痺すれば万が一ということもある。


「俺は今日このまま仕事に行く。明日、師のことを紹介するから準備しとけよ」




 翌、明朝。

 仕事に行く間に剣の師を紹介するとのことで、ハンスに案内されるまま後をついていく。


 家を出たのは8時ころ。

 目的の場所に着いたのは15分ほどあるいたところにあった。


 村の端に位置するその家はどの家よりもボロかった。


 ハンスがドアをノックする。


「おはようございます、ローさん。俺です」


 数度ノックするが反応がない。不在なのかもしれない。


「不在か? 今日来るって伝えてたはずなんだが…」

「おぉ、悪いな。ちぃと裏の畑の手入れをしてたんだ」


 家の裏から姿を表したのは農作業着を着た男性。

 見た目40過ぎの黒髪に白髪が混じりはじめている。日によく焼けた肌にいくつもの皺を寄せ屈託のない笑みを浮かべて近づいてきた。


「お世話になっていますローさん」

「おう。そんでお前さんの後ろにいるのがせがれか?」

「そうです。今日からよろしくお願いします」


 踵を返すハンス。


「なんだ、もう行くのか? せっかく来たんだ茶くらい飲んでけよ」

「そうしたいんですが、これから仕事なので」

「そういやもうお前さんも自警団の総隊長だもんな。忙しいわけだ」

「もうって… もうすぐ1年ですよ」

「そうだったか。あはは。人と合わないとどーにも時間の感覚がな」


 ――本当にこの人から剣を学んでいいのか?


 見ていると気の抜けた陽気なおっさんにしか見えない。

 セリムは不安を抱いた。


「んじゃ、来い。わざわざ遠くから来たんだ。まずは茶でも飲んで気を落ち着かせようや」


 ハンスが立ち去ったあとそう声をかけられた。



「んじゃ、まずは自己紹介からだな。儂はローウ=タンク。知り合いからはローと呼ばれとる。好きに呼んでくれていいぞ」

「えっと、セリム=ヴェルグ、です」


 居心地が悪い。

 転生して5年。碌に外に出ることもせず人付き合いも多くない。行ったことあるのはせいぜいセントレア家くらい。

 圧倒的に経験不足だった。


「きょろきょろしてどうした?」

「あ、いや…」

「まぁ、いいか。そんじゃ落ち着いたらさっさと修行の方を始めるぞ」


 玄関を出てすぐ先、そこで二人は向き合う。

 ローウの家は森の近くにあり、使える土地が広い。


「まずはセリム、お前さんの実力を見させてもらうぞ。適当に打ち込んでこい」


 ハンスと修行した2ヶ月。

 未だ完璧とは言い難いが、修行の成果を発揮するときだ。


(構え自体は悪くないが、意識が相手に向いてないな。これじゃ、攻撃してくれと言っているようなものだぞ)


 受け身に回っていたローウは軽く反撃をした。

 意識が己に向いていたセリムは反応できなかった。

 ハンスはかなり手加減して相手してくれていたのだといたのだと理解した。


 セリムは尻もちを着いた。


「セリム、お前さんの修行内容が決まったぞ」


 そう言い家の裏に向かうローウ。

 カゴいっぱいに泥を詰め込んだ姿で戻ってきた。


「これを使って修行する」


 どうやって修行するのだろうか。


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