第5話 修行

 現代日本で育った城木宗太にとって剣を握るのは初めてのことだ。当然セリムとしても。

 まず教わることは剣の握り方、からだったのだが。


 「悪いが、俺は剣の正式的な握り方は知らない」 

 「ん?」


 剣の握り方すら知らずに何を教えるのか。

 思わずセリムは間抜け顔を晒した。


 「剣と一口に言っても扱う流派によって剣の形が違ったりで握り方も変わってくる。もちろん、普通の剣にはそれに合った握り方ってのもある筈だ」

 「はず?」

 「さっきも言ったろ? 俺は正式な握り方ってのを知らないんだって。俺の剣の師は元冒険者で我流剣術なんだ」


 冒険者とは、依頼を受ければ世界中のどこにでも出向く便利屋のようなものだ。


 転生した当初に考えていた”母親も居るかもしれない”という願望。母親を探すには各地に出向く必要がある。

 どこに居るのかも分からず、まして同じ姿で転生しているなど考え難い。


情報収集しつつ金銭を稼げる点で冒険者というのはセリムにとって悪い案ではなかった。

 

 ハンスの説明から冒険者で暮らしていくことを真剣に考え始めるセリム。


 コツンと頭を叩かれた。


 「説明してるんだぞ。ちゃんと聞け」

 「ん…」

 「で、だ。どこまで話したっけか…」


 視線が虚空を彷徨う。


 「俺の師の話だったな…

  我流の剣術ってのは正直良くない」


 正確な型がない分、臨機応変に戦えるメリットはある。だが型がない為に癖が強く、人を選ぶ。

 万人に受けするものではない。

 加えて、我流だと変な癖も付きやすく、矯正するのに苦労する。

 

 では…何故ハンスはそれを習ったのか。


 「冒険者ってのは基本的に魔物相手に戦う。だから騎士とかの見た目重視な剣技よりも魔物を殺すための、実践重視の考え方が強いんだ」


 もちろん、騎士にも冒険者にも良い点悪い点は存在する。

 騎士を目指すならちゃんとした場所で習うべきだが、騎士になるには才能、高潔な精神などが必要になってくる。


 逆に冒険者は”強ささえ”があればどんな人材だろうと活躍できる。


 村や国を出ればすぐに魔物に遭遇する世界だ。

 見た目よりも実践で使える技術が重宝されるのは道理だ。


 「冒険者の剣に基本的な型はないが、だからいって滅茶苦茶なやり方で魔物には勝てない。隙をなくし、どこから襲われても直ぐさま反撃できる構え、これだけ知っとけばあとは実践で学べる」


 ハンスが木剣を構える。 


 「俺の構えを真似してみろ。出来たら早速打ち合うぞ」


 ハンスの構えは剣道で言うところの中段構えに似ている。

 中学で剣道の授業をやったことがある。その時のことをなんとか思い出し構えた。


 「中々様になってるじゃないか。そんじゃいつでもかかって来ていいぞ」


 ハンスは受けに回りセリムがどの程度できるか見るらしい。


 促されるままセリムはハンスに向けて剣を振るう。

 だが、当たらない。

 気をてらった動きをしても驚かせることもできず、簡単に躱される。


 「こんなところか」


 息も絶え絶えになったところでハンスが終了を告げる。


 「構え自体は悪くなかったが、そのあとが全然ダメだな。相手に攻撃することに意識が向きすぎだ」


 戦闘において重要視されるのは足の運び。

 セリムはジャンプしたり、早く辿り着こうと大股で進んだりと動きが分かりやすい。

 多少武術をならっていれば誰でも回避は容易。


 「重要なのは歩幅だ。小刻みに動くことを意識しろ。大股では小回りが効かず反撃を受けやすい」

 「でも、相手はモンスターなんでしょ? なら――」

 

 大抵のモンスターは今のセリムよりも大きい。

 あくまで今より・・・、だ。

 成長すれば必然似たような体格同士の戦いになる。


 魔物は人間より身体能力で優れている。

 下手な行動を起こせば簡単に反撃を受け死ぬ。そうならないためには攻撃をしつつ、いつでも回避できるような細かな動きが重要になる。

  

 「このことは対人戦闘でも有効だ。冒険者になれば盗賊退治をすることもあるだろう。そのときに足の運びの重要性に気づくぞ」

 「じゃあ、例えば人間より圧倒的に大きな魔物相手でも同じ?」

 「これはあくまで体格の差が少ないものを相手にする場合の戦術なんだ。例えばドラゴンなんかの大きなモンスターが相手の場合だと今教えたやりかたじゃあダメだ」

 「じゃあ、どうすれば?」

 「その時は全力で動き続ける」


 巨大な相手の場合、体躯に比例して攻撃範囲も大きい。回避するためには細かな動きでは対処できない。


 「相手によって戦術を切り替える、冒険者には必須のことだ」

 

  

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