第3話誕生日
更に2年が経過した。
彼は5歳になっていた。
5年という月日は”城木宗太”という人格が”セリム=ヴェルグ”という名前を受け入れるには十分だった。
以前ほどの嫌悪感は感じない。
ただ、寂しさだけがあった。
”宗太”と呼んで貰えない。
この世界では”セリム=ヴェルグ”としてしか求められていない。
彼のバックグラウンドを知らないので当然だか、”宗太”としては悲しかった。
受け入れるしか進む道がない。
セリムが5歳を迎えたその日、ヴェルグ家では誕生日パーティーを開いた。
家族ぐるみで仲良くしているセントレア家も招いて。ただ、ルナの兄であるジードはいない。
10歳になると行われる”祝福の義”。
そこでジードは才能を見出され、王都へと旅立った。
両家が暮らすのはソート村、どこにでもある普通の村だ。
特産物など目を引くようなものは無い。
定期的に訪れる行商人。それが運んでくる甘味などが唯一の楽しみだったりする。
クロント王国という人が建国した最古の国の領土に属しているが、決して裕福な生活ではない。
誕生日は今までに4度迎えたが祝われたことはない。
食べるものもなく、毎日ひもじい思いをするような生活ではないが、毎年祝ってやれるほど裕福でもない。
貴族に生まれれば毎年祝うのが当たり前だが、ソート村では5年周期での祝いがデフォルトだ。
去年、セリムもルナの誕生日に出席したのでそれに関しては知っている。
「セリム、5歳の誕生日おめでとう!」
両家が協力して作った料理の数々がテーブルを覆い尽くす。
普段なら決して食べることのできない手の混んだ料理。
お肉など具材が多く入ったスープ。
近くの森で取れた果物を使ったタルト。
セリムがタルトに刺さったロウソクの火を消し食事は始まった。
豪華な食事に逸る気持ちを我慢できなかったルナががっついて器をひっくり返したり、昔話しに花を咲かしたり、芸を披露したハンスが失敗して恥をかいたり、セリムにとって久々に笑えた時間だった。
食事を終え、ウトウトし始めたルナを連れセントレア一家は帰っていった。
いつもの家族3人になったところでシトリアとハンスはセリムに一冊の本を手渡した。
「誕生日プレゼントよ」
「前に本がほしいって言ってただろ? 魔術の使い方が載るような高い本は買えなかったが、これも十分面白いぞ」
それは童話が書かれた本だった。
表紙には七人の人間が天に向かい剣を突き上げている様子が描かれている。
「…ありがとう」
ぼそっと呟いたセリム。
「!? あなた、セリムが喜んでくれたわ!」
「そうだな! 悩んで選んだかいがあったな!」
シトリアとハンスはハイタッチしたり抱きしめあったりして喜んでいる。
大げさな、と思うセリム。
だがセリムは知らない。
”城木宗太”の魂があることで今まで二人に壁を作っていた。
手伝いをすることもあったが、それは半ば無意識にやっていたこと。地球のときの癖が出ていたに過ぎない。
しかし、名前を呼んだり、お礼を言ったりは意識的に避けていた。
”セリム”を受け入れた今でもまったく拒否反応がなくなったわけではない。
それでもセリムは礼を言った。それも初めて。
二人が嬉しさのあまり舞い上がるのも無理ないことだった。
はしゃぐ両親を尻目にセリムは2階に上がった。
左手にプレゼントの本を抱え、右手には灯のともった燭台を持っている。
足でドアを開け、燭台の灯りを頼りに窓際まで行く。
カーテンを開け月明かりを取り入れ椅子に腰を下ろし本を読み始める。
話自体は特別珍しくもないものだ。だか、そこに妙な生々しさがある。
「実話、なのか…?」
本の中身は要約するとこうだ。
――かつて神が存在した。
天地を想像し人を生み出した全知全能の神。
神は人類が繁栄し、より良い生活が出来るよう願いを叶え続けた。
そうしていくうちに人間は堕落の兆候を見せ始め、神を敬わず、ただ願いだけを言うようになった。
神は人間を愛していた。
だからこそ、どれだけ人間が落ちぶれようとも願いを聞き続けた。
人間達の欲は益々肥大化し、もはや手の付けようがなくなっていた。
神は人間に善悪をつけ、叶える願いを選別した。
その結果、人間の恨みを買い、神は殺され力を奪われた。
そこに至り神は悟った。
――人間など生まなければ良かった。
神は最期の力を振り絞り人間たちに呪いを掛けた。
当初こそ神を殺した英雄と持て囃された7人の人間たち。
しかして時と共にその姿は悍ましい変化を遂げ、いつしか神とも人とも違う異形へと変わった。
人は彼らをこう呼ぶ。
――神敵者、と。
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