第2話 幼馴染

 転生から早3年。

 彼は3歳になっていた。


 地球で過ごした14年間ぷらすこの世界での3年間。実質17歳ということになるが、肉体年齢に引っ張られ子ども染みた言動が多い。

 言動からは17歳だとは気づかれない。


 ただ悪いことばかりではなかった。


 子どもというのは覚えが早い。

 スポンジが水を吸うようにまたたく間に言語を習得した。

 それで満足に喋れるようになったかと言われればNOなのだが。


 「セリムーごはんよ」

 「あぃ」


 毎日のように呼ばれる”セリム”という名前。


 ”宗太”としては反発心を抱いていたが、こう毎日呼ばれていれば順応してしまう。


 (俺は宗太でありセリム… じゃあ――)


 魂は地球で育った城木しろき宗太そうた

 体はセリム=ヴェルグ。


 魂と体が別々で2つの名を持っている。

 どちらとして人生を送れば良いのか?


 自身のこともこの世界のことも満足に知らない。

 彼にはまだ難しすぎる問題だった。



 昼。

 今後の人生に関して悩む彼の家に人が訪ねてきた。


 「誘ってくれてありがとね」

 「良いのよ。この前こっちがお世話になったんだから」

 (この声はまさか…)


 異世界に着てから”宗太”は自身に苦手なものがあることを知った。地球にいたときにも当然苦手なものはあったのだが、こちらの世界に来て初めて”それ”が苦手だと認識した。


 田舎なだけあってここらでは近所との結びつきが強い。

 その中でも隣に住むセントレア一家とは特段親しくしている。


 蜂蜜色の柔らかなロングヘア。腰まである髪を後ろで結ってきれいにまとめ上げている。

 切れ長の瞳には理知的な光が宿り、クールな印象を受ける。


 近寄りがたい印象を受けるその人こそがセントレア家の母――カトレア=セントレアである。


 彼は初めてあった時、あまりにも外国然とした容貌に思わずたじろいだ。

 同じ人間だが、顔立ちが地球で見るどこの人種とも違って見えた。 


 セリムの両親はどちらかというと日本人のような顔立ちに近い。

 髪色もシトリアは黒紫、ハンスが茶髪。セリムはシトリアと同じ黒紫色だ。


 カトレアのような存在はここが地球でないと強く認識できた一件だった。


 (どこだ?)


 彼がセントレア家が苦手な理由はカトレアではない。

 その足元、隠れるように身を縮こまる幼女――ルナ=セントレア。彼女が苦手だ。


 見た目はカトレアをそのまま幼くした感じである。

 ルナのほうがセリムより一年早く生まれているが近所ということで幼馴染という縁ある。


 彼としてはそれがいやだった。

 より正確に言えば”子どもと言う存在”が好きになれない。


 子どもは親に守られ社会に守られ、特に何かを求められているわけでもない。求められたからと言って何かができる訳でもない。

 言ってしまえば可愛いだけの置物だ。


 どうしても地球での無力な”城木宗太”と重なって見えてしまう。

 セントレア家だけではないが、子どもとは距離を取っていた。


 シトリアとハンスから心配していた。

 まだ幼いということで接し方がわからないのだと思うことにした。


 「そういえばセリムくん、結構話せるようになったんですって?」

 「そんなことないわよ。名前呼んだら返事したりとか軽い食器を運んでくれたり、ゴミを捨ててくれたりその程度よ?」

 「普通にすごいことよそれ。私の子たちが3歳の時なんか騒ぐだけで…特にルナのお兄ちゃん、ジードはひどかったわ。同じ男の子なのにセリムくんは大人しくて羨ましいわ」

 「そうね。生まれたばかりの頃は手がかかったけど今はそうでもない感じかな。特にカトレアさんのとこと比べると、ね」

 「何よ〜 嫌味かしら?」

 「違う。違うよ?」


 母親二人は互いに笑いあい楽しそうだ。

 シトリアが所在なさげに立つルナに気づく。


 「ごめんね。ルナちゃん。セリムならあっちの部屋にいるから遊んできていいよ?」


 奥の部屋を指差すシトリア。

 ルナはカトレアを見上げる。


 「行ってらっしゃい」


 お許しがでたことでルナはスタタタと駆け足で奥の部屋に向かった。


 (やばい、来た!)


 親同士の会話を聞いていた彼は、ルナが駆けてくるのが見えるとドアを締めた。


 勢いは止まらず、ルナはそのままドアに激突した。

 鈍い音が鳴り響き、親たちの視線が集まる。

 ルナが泣き出した。


 「ご、ごめんなさい!」


 シトリアが謝り、ルナの面倒を見る。

 赤くなった額に手を当て急ぎ呪文を唱えた。


 「ユーリア神に願い奉る 彼の者を癒やし給え」


 シトリアの手から生まれた緑色の光、それがルナの額を覆った。

 手をどかすと赤くなっていた額はすっかり元の色に戻っている。


 安堵したようにため息を付くシトリア。もう一度セントレア家に謝ってからセリムの名を呼んだ。


 「セリム。何でこんなことするの?」


 優しい声音だが答えられるわけがない。

 怖い云々ではなく、転生する前の出来事が原因です、といったところで信じてもらえない。

 彼はただ、時間が経つのを待つしかなかった。


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