第1話 転生 

 周囲の喧騒で彼は目を覚ました。

 自然の中にいるような強い緑の匂い。森の中にいる錯覚を覚えるそれに彼は顔を歪めた。

 その際に出た声に自身で驚き、動きが止まる。


 (はぇ?)


 彼は赤子だった。しかし、その精神は地球で自殺したはずの城木宗太のものだ。

 所謂転生だ。


 彼の頭は理解できない出来事に混乱の中にある。


 何故こんなところにいるのか。

 ここはどこなのか。


 不安ひしめく彼に影が刺した。

 唸る彼を見た女性が覗き込んだのだ。


「どうしたのセリム〜」


 木で作られたバスケットのようなベビーベッドから抱き上げられる。女性に抱かれた彼は安心感に包まれた。


 知らない女性に抱かれているのに不思議な気分。ずっとこうしていたい、そう思ってしまう。

 思う一方で心の片隅に離れたいと言う気持ちもあった。嫌悪感に近いだろうか。


「ふふふ、良い子ね セリム」


 言葉は理解できない。その中で”セリム”と何度も繰り返されることから名前だと理解できた。


 (セリム… それが俺の名前? 違う! 俺は城木宗太だ!)


 名とは親からもらった一番最初の贈り物だ。

 マザコン気質な彼にとって名前が変わるのは許容できなかった。


 ワンワン泣き始めた彼に女性は慌てオロオロする。そこに泣き声を聞きつけた男性が勢いよく扉を開けて部屋に入ってきた。


「シトリアどうした!?」

「それがいきなり泣いちゃって… 泣き止まないのよ ハンス何かわからない?」

「母である君にわからないとなるとなぁ… とりあえずおもちゃとか持ってきてみるか」

「お願い」


 可愛げのない人形を操り、人形劇をする父――ハンス。裏声で必死にあやすも”セリム”は泣き止むことはなかった。

 泣き止んだのは疲れ果てた”セリム”が寝てからだった。


 

 見知らぬ地に転生して数日が経過した。

 ここ数日宗太こと”セリム”の頭の中に消えぬ考えがある。


 それは前世の母のことだ。


 何故自身が転生できたのか。

 何がトリガーで転生したのか。


 (地球の価値観では自殺は悪…地獄行きのはず)


 宗教に嫌悪感を抱く宗太だが、そこは日本人。自殺後のことを考えていた。


 考えても答えの出ない問に宗太は思考を放棄せざる得なかった。

 結論として死がトリガーになっているのでは、ということ。

 最期に貴賤はないのではないかということ。


 これらのことから宗太はある考えた至った。


 (もしかしたら…)


 ――母さんもいるかもしれない


 自殺しても転生できたのだ。

 他人に人生を奪われ不幸のどん底に落ちた人間が転生している可能性は低くない。


 ――でも。


 宗太はお金をかけないことで趣味を作ってきた。

 その一つが読書だった。


 (転生は奇跡… 偶然の産物。そう簡単に起こるものなのか) 

 

 転生に関して本で得た知識があるからこそ難しいのでは、と考えてしまう。

 

 可能性がないわけじゃない。

 今はそう思えるだけでも十分だ。


 転生しているかもしれないという”希望”、いないかもしれないという”不安”。2つの感情が内でせめぎ合い、感情を決壊させた。


 精神は肉体に引かれるという言葉がある。

 その通りだと、止まらない涙に感じた。


 母であるシトリアは慌て近づき抱き上げる。


 「お腹すいたのかな?」


 転生したあの日。

 初めて抱き上げられたときに覚えた僅かな嫌悪感、苛立ち。

 消えることはなく今もくすぶっている。だが赤子の身だ、母であるシトリアから食事をもらわなければ生きていけない。


 たくし上げられた服から出る豊満な乳房。

 子供を産んだというのに色鮮やかなそれに吸い付く。


 中身が14歳の身では恥ずかしいが、精神とは関係なく嚥下していく。しかめっ面なのは必死の抵抗だろう。


 「もう、皺なんかつくちゃって… ひゃっ」


 額のシワをぐりぐりされ、吸う力を強くして抵抗する。


 シトリアは”セリム”に自愛の笑みを浮かべた。小さいながらも力強く吸う姿が嬉しかったのだ。

 

 (なぜだし…)

 

 シトリアの心理ができない彼はただ黙って乳を吸い続けた。

 早く本当の”母”に会いたいと思いながら。


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