(4)噂
市場は、妙にざわついていた。
活気、というには違う感じがする。
皇甫嵩達に頼まれた物資を市場から買うために街に繰り出したが、どの商人も、雰囲気が浮ついている感じだった。
「どうした?」
蘇双が、一人の商人に聞いた。
「ああ、蘇双と張世平か。なんかよぉ、妙な噂が流れてんだ」
「妙な? どんな噂だよ?」
「それがな、張角が死に瀕してるって噂だよ」
思わず、張世平は蘇双と顔を見合わせた。
「蘇双殿、これは……」
「ああ、なんかこりゃ本格的に太平道はやばそうだな」
そろそろ潮時だろうと、蘇双も思ったのだろう。
だが、確定できる情報が欲しいところだった。
それに、この噂自体が漢軍を撹乱するための偽情報の可能性もある。もう少し、調査してみる必要があるだろう。
そう思った後、頼まれていた武器弾薬と衣料品を手に入れ、輸送車に積み込んだ。
その積み込んでいる最中、別の男が来た。
あまり、見たことがない顔だった。服装は比較的軽装だが、物静かな雰囲気を漂わせている。
ただ、何処か孫堅に似ていた。しかし、孫堅のような荒々しさは、眼からも気からも感じられなかった。
「失礼。蘇双殿と張世平殿ですかいな?」
少し、訛りのある言語だった。孫堅の関係者かも知れない。
「そうだが、あんたは?」
男が、拱手した。
「失礼しましたさかいな。私は
孫静が苦笑しながら言う。
話し好きな男なのだろうと、少し面白く思えた。
「おお、孫堅殿のか。で、俺達に何の用だい?」
「兄からの依頼ですわ。それと、もう
そう言って、孫静は胸から、一枚の紙を出した。
依頼人、依頼内容、報酬の書かれた紙である。それを、蘇双に渡した。
依頼内容は張角が死にそうと言う噂に対する真偽の確認だった。
しかし、驚いたのはその依頼人だ。孫堅以外にもう一人、曹操の名前が連名で記されていたのだ。
恐らく曹操も、噂を耳にして気になってきたのだろう。
報酬もかなりの額面になっていた。
「我々が、太平道とも取引があることを見越して、ですか?」
「それもあるんやけど、まぁ、正直言うとあなた方が一番信頼に足る人やと、兄は思うとるからですわ。両者に繋がりのある商人は複数おるんやけど、あなた方はそのどちらにも極端な肩入れをしていない。即ち、物事を公平に見る能力がある。更に言うなら、人を見る確かな目もあるさかい。これが重要なんですわ。ゴマすったりせぇへんで、ただ事実を淡々と述べるさかい。せやからあなた方に頼むんですわ。これは曹操殿も同様ですさかい。もっとも、あの方は打算も含まれてるんやと思いますけどな」
思ったより、孫堅と曹操から評価が高いことに、張世平は驚いていた。
ひょっとしたら、商人の間にもそうした不正が入っているのかも知れない。
名声が重要とは、よくいったものだった。
あっさりと、蘇双はそれを受領した。
「悪くないな。報酬も結構ある。なら上等。孫堅殿に伝えてくれ。俺達は依頼を受けると」
「ほな、了解しましたわ。そいじゃ、一っ飛びで行ってくるさかいな」
言うと、孫静が獣に変身した。
いや、獣と言うより、巨大な鳥だった。
思わず、市場がざわつき、注目が集まった。
「あ、市場の皆さんご迷惑おかけしとりますなぁ。すんません、飛びますんで。ほな、さいなら」
それだけ言うと、孫静は羽を羽ばたかせた。
風が来る。それにあわせて、ゆっくりと孫静が上空へ上がっていき、そのまま何処かへ飛んでいった。
市場関係者が、ぽかんと口を開けながら、その様を見ていた。
「獣人って、いろんな種類あるんだな……」
「まぁ確かにあれだったら早いですよね……。目立つことを除けば」
「まったくだな」
蘇双が、頭をかく。
「蘇双、お前達いつの間に獣人とも関係持ったのか? つかあの獣人、孫堅の?」
見知った商人の一人が聞いてきた。
やはり孫静があれだけ目立ったのだから、聞かれもするだろうとは、張世平も思った。
「戦場で偶然知り合ってな。それから取引を始めた。もっとも、まだ始めたばかりだがな」
「しかし、お前らだいぶ儲けてるみたいだし、いろんな連中と付き合いあるみたいだな。ちょっとコツ教えてくれよ」
「簡単にゃいかねぇぞ、これ」
「金か? それならある程度出すぜ?」
「いや、それが逆効果ですよ」
思わず、口に出ていた。
少し商人が、ムッとした表情をした。
「意外に、英雄は金銭だけでは動かない物です。私の出会った方々は特にそうでした。賄賂はかえって取引を破産させる可能性がある。それだけ苛烈な方々、というわけです」
「金で動かねぇってことか。今時珍しいな」
商人は一転して、感心した風に見えた。
確かに、賄賂がまかり通っている世の中だ。商人からすれば、そうした人々と立て続けに出会うというのは珍しいことだというのは、想像に難くなかった。
実際、一年前の自分達がこうだったのだ。それを考えれば、あの英雄達は変わっていると、心底思った。
「しかし、まだそうした方々の数は少数です」
「確かになぁ。だいたいの宦官や役人どもは得てして何かにつけて俺達に金を要求しやがる。嫌な世の中だぜ」
「太平道にばかり物資卸してる商人もいるくらいだしなぁ。そいつに至ってはついこの間会った時にゃ黄巾付けてたぜ」
「だが、事ここに来て太平道は失速を始めてるし、張角だって死にかけだってんだろ? それじゃそろそろこの乱も終わりじゃねぇのか?」
「乱は終わっても、漢王朝はあの様子だろうよ。そう簡単に変わりゃ、苦労はねぇさ」
「そうなってくりゃ、第二、第三の乱の勃発か。そうなってくると、俺達も儲け概があるな」
口々に、商人が論戦を始めた。
それぞれが考えていくのが一番いい。そうなっていくことが、自然と商人の立ち位置を強くする。
同時に、自分達商人は強欲だとも思うのだ。恐らく、執政者や民以上に、自分達は乱世を望んでいる。
ある意味救いがたいのだろうが、それもまた
「だが、同時に結構危ねぇ橋渡ることにもなりかねねぇ。そこが難しいところだ。俺から言えるのは、それくらいだな」
蘇双がそう言って、論戦は終わりになった。
だが、商人達の会話はまだ続いていた。
それを見て、自分達はいつの間にかほくそ笑んでいた。
「張世平、お前焚き付けるの存外上手いな」
「蘇双殿ほどじゃありませんよ。こうして商人が強くなれば、王朝の役人達は商人の影響力を無視できなくなる。そうなれば、我々は万々歳です」
「同感だ。ま、今回のことがきっかけになりゃいいが、それも難しいだろうなぁ」
蘇双がため息を吐く。自分もまた、それは同様だった。
乱世になるきっかけは、漢王朝が大荒れに荒れることで起きてくる。
恐らく、それは必然として巻き起こるだろう。
その時に商人がどういう立ち位置にいるのか、それを見越すことが出来れば、苦労はない。
竜人には、予知までは出来ないのだ。
荷を積み終わり、そのまま漢軍の前線基地へ急ぐ。
既にだいぶ日も沈んでいた。
歩哨は先日と違ってかなり精悍な顔つきになっており、同時に、陣全体の兵士の数も、更に増えていた。
担当者に、物資を卸していると、自分達を呼ぶ声がした。
「あれ? 劉備殿、いかがなされました?」
少し、劉備が怪訝な顔をしていたのだ。
殺気は感じられない。何か疑問を抱いている、という形だった。
「張世平、蘇双、ちょっとこの二日間どうも様子がおかしい」
「何がだ?」
「黄巾が全く攻めて来ねぇ。それどころか、あいつら陣すら築く気配がねぇんだ。殺気も本陣から消えてやがる」
いよいよ、あの噂が本当かも知れないと、張世平は直感した。
「蘇双殿、これは……」
「そろそろ、だな。奴らが動いている気配は?」
「むしろ連中、後退してる。例の噂、本当だと思うか?」
劉備が、小声で言ってきた。
劉備と蘇双と張世平で、周りを小さく囲った。
「やはり、聞きましたか、あの噂」
「一応情報はこっちでも仕入れるようにしてるからな、張世平。曹操とかその噂の真偽、欲しがってるんじゃねぇのか?」
「当たりだ。俺達に依頼を出してきた。南の孫堅も同様の依頼があった」
恐らく、劉備もまたその噂の真偽が欲しいのだろう。
残念ながら、孫堅や曹操と比べ、劉備の情報網はまだ小さい。それ故に少しでも情報に確信を欲しがっている節がある。
こういうことにも頭が回るから、この男は侮れないのだ。
それから何個か話して、劉備とは別れた。
蘇双と二人になると、風が吹いた。
「もの悲しい風だ。なんか、そう感じさせるな」
「終わりますか。この乱は」
「終わるだろうよ。もう、そろそろ潮時だ」
蘇双が、少し目を細めた。
少しだけ、さびそうに見えた。
張角に会おう。その気だけは、すぐに巻き起こっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます