(5)英雄の素質
商売の基本は、人に会うことから始まる。というか、人と会わなければ商売もへったくれもあったものではない。
だからこそ、早めに孫堅とは会っておきたい。そう思うから陣を訪れたが、相変わらず漢軍からは信用されていない。
この陣の連中は朱儁の配下なのだから、一度潁川で会っているんだし自分達の顔くらい知っていてもいいだろうという気がしないでもないが、それは慢心だろうかと、張世平はふと思う。
「商人として、今後の商売のあり方を孫堅殿から学びたいのです。なんとかなりませんでしょうか?」
蘇双が下手に出まくっている。正直ここまでへりくだるのもすごく珍しい。
「そうは言うがなぁ。戦終わったばかりなんだぞ。それに、お前達の輸送車、荷物カラじゃないか。本当に商売やってるの?」
言われてみればそうだった。考えてみれば、ここでの戦も終わりになろうとしている今、欲しがる物資など、漢軍にはほとんどないのだ。
それを考えると、完全に自分達は商機を逸したともいえる。
太平道にあの機刃の設計図を流した。それで金はもらった。
漢軍にもある程度物資は搬入したが、正直対価の額面だけを考えれば、太平道の方が遙かに高かった。
要するに太平道という大規模顧客が消えた今、自分達は漢軍においてはただの一商人でしかないのだと、今更に思い知る。
「ん? お、いつぞやの商人か」
聞いたことのある声がした。
前方を見やると、朱儁が護衛を引き連れて、門の前まで来ていた。
「なんだかいつまでも押し問答してる商人がいるって、兵が俺の所に来たからなんだと思ってたが、お前ら孫堅にも用があるのか」
朱儁が、頭をかきながら言った。
「はい。あの戦を見せられれば」
「興味もわく、ってことか。まぁ、そりゃそうだよな。俺だって最初見た時は驚いたし」
「意外ですね。朱儁殿なら動じないかと思ってましたが」
「お前さぁ……俺のことなんだと思ってるの? あいつとは確かに同郷だけどさ、そこまで極端に面識あったわけでもねぇんだぞ。そりゃ初めて見たら仰天するわい」
蘇双の問いかけにため息も出るだろうと、正直朱儁に同情した。
「で、竜人の。気は見えたか?」
考えてみれば、朱儁は自分達の名を知らない。恐らく、変わった商人の二人組と思っているのだろう。
だから名前を聞かないのだろうか。そのことを問おうかと思ったが、あまり問うのも無礼だろうなと思い、やめた。
「気は、曹操殿とほぼ同様。大きいですよ、とてつもなく」
「なるほど。しかし、お前さん、年はいくつだ?」
「一六です。まだ若輩者です」
「なるほど。まだ未来がたっぷりある年齢だな。なら、たっぷりいろんな奴を見ておくがいいさ。恐らく、お前が俺に商売を持ちかけないの、俺の気が小さいから、じゃないのか?」
そう言われて、少しハッとした。
素直に答えるべきなのだろうか。だが、確かにそれは事実であることに変わりはない。
確かに、朱儁や皇甫嵩は、凡庸な将軍よりも遙かに巨大な気を持っている。実際今まであった黄巾軍の司令官でこれ以上の気を持っているのは、張角ただ一人だ。
だが、それでも、あまり商売を行う気にはなれなかった。
恐らくそれは、自分自身が、英雄としての資質たり得ないと認識してしまったからではないかと、今更に思う。
英雄とは何かを考えてくれ。
皇甫嵩の言葉が、今になって脳裏をよぎる。
英雄とは何だろうか。何を基準にするか。
気の大きさ? それだけで計れるなら、董卓も一代の英雄になる。だが、あれは商売としては悪くないかも知れないが、英雄としての器ではないと、どこかで感じている。
では、何が英雄で、何が英雄ではないのだろうか。
商売とは、なんであろうか。
そんな哲学的な問答が、堂々巡りで張世平の頭に浮かんでは消える。
「あー。ちょっとお前頭から煙出かかってるぞ。ちょっと考えすぎてるぞ、うん」
蘇双に言われて、ようやくその堂々巡りから脱出した気がした。
「お前考えすぎなんだよ。色々と。昔教えただろ。もっと単純に世の中を見てみろと。複雑そうでも、一個ずつ解いていけば意外に簡単だったりする。商売も同様。難しく考えすぎると、商機を逸するぞ」
確かに、自分は複雑に考えすぎているのかも知れない。
一度息を吸ってから、吐く。
少し、頭を整理して、一個ずつ考える。
単純化。それを行っていく必要があるなと、張世平は感じと取った。
「同感だな。しかし、お前さんの弟子、一六にしてはよく考える。俺達大人が、もう少しマシに考えないといけないのかもな。いい弟子を持ってるじゃないか、商人」
「そう言われると、恐縮です」
蘇双が、少し照れくさそうに笑った。
「ところで竜人、答えは?」
「まだ、出そうにありません。私にとっての英雄とは、何であるか。金だけではない、何か。それが何であるか、もう少し考えてみようと思います」
「それがいいさ。実際、話は聞いてるぜ。お前さんが独断で、冀州に行ったかなり貧乏だったと話になってる義勇軍に武具と機刃出世払いでいいって全部供与したの」
「ご存じ、だったのですか?」
正直、それは一番驚いた。
思ったよりこの男は見透かしている。そんな気が、何処かしてきた。
「こちとら漢軍の一司令官だぞ。そりゃそんな噂も耳に入ってくるさ。俺も昔は貧乏暮らしだったから、少しそれが気になってたってのもあるがな。気前のいい商人がいるなって思って調べたらお前らだったから知ったときは驚いたものさ」
実際、朱儁が元々貧乏だったのは、有名な話だ。
昔はそれでかなり苦労したことがあるという逸話も、よく耳にしていた。
だからこの男なりに、劉備のことを気にしていたのかも知れない。
それとも、それ故に何処かで対抗心が芽生えたのか。それは、あまり聞くべきではないだろう。
「だからこそ、俺はそれで確信した。こいつは金だけで動く商人じゃねぇ。何か心の中で動かしている物がある、ってな。それが何かは、あと少しで分かる。俺にはそんな気がするぜ」
朱儁が、にやりと笑った。
「しかし、孫堅の気が巨大か。結構それもそれで面白いな。これからの時代は英雄が大量にいるって事でもあるかもしれねぇな。商人、こいつは手放すなよ。こいつの心は、本物だぞ」
「承知しておりますよ。十分にね」
蘇双が、にやりと不適に笑いながら拱手した。
「さて、門でいつまでも話をしていてもなんだ。俺が許可する。孫堅に会ってきな。それが、英雄を見極める一頭早い道かもしれねぇぞ」
そう言って、朱儁は去って行った。
それで、ようやく陣の中には入れた。衛兵に従って歩く。
陣の中は負傷兵の手当と、機刃の修復、そして調練とがひっきりなしに行われている。
活気があると、張世平は感じた。
「英雄、か。また問われたな」
歩きながら蘇双が言う。
「はい。自分なりに、考えているつもりではあったのですが、言えませんでした」
「まだ答えが出きってないんだろ、お前」
「はい。なんとなく、ということは分かるのですが……」
「孫堅と会えばハッキリする、か。なるほど、気の大きい奴に会ってみろ、ってことか」
「でも、それだけではない。そんな気がするんです」
「そうか。お前の答え、出るといいな」
蘇双が、少し寂しそうに答えた。
蘇双の気は、確かに朱儁や皇甫嵩、そして今まで出会った人間の中で、それ程大きい物ではない。
だが、自分にとっては英雄だと思っている。
だからこそ、英雄とは気だけではない。それはハッキリ分かる。
しかし、それ以外の要素の何を持って、自分は英雄であるかを見ているのだろう。
心が突き動かされる物とは、なんだろう。
それが孫堅に会えば、分かるだろうか。
そんなことを感じながら、『孫』の文字が浮かぶ、旗がある場所に辿り着いていた。
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