(3)獣人咆哮
これで、五度目になる。
漢軍が、陣を敷いた。対する黄巾軍は籠城の構えを全く崩さず、外に出ようともしない。
あの機刃があるから当然とも言えるが、しかし、どうもあの機刃が設計図と違う。第一あんなに冷却装置は装備されていなかったし、それ以前に外部電源に頼るようにすら設計されていない。全て最初から独立して動くようになっていた。
にもかかわらずこうなっていると言う事は、まさに董卓のいう通り、太平道に作る力がなかったのだろう。
それとも、その能力すらもうないか、のどちらかだ。
そうなってくると、いよいよ太平道との商売は怪しくなってくる。
そろそろこの仕事も、潮時かも知れないと、張世平はふと感じていた。
いつ取引先がなくなってもいいように、近場の街を行ったり来たりしながら、漢軍、黄巾軍、双方に物資を捌き続けた。結果、董卓からもらった金塊は更に膨れあがった。
しかし、蘇双はさして、生活を豪勢にするわけでもなかった。
特に飯は存外に目を付けられる。そういったところか羽振りが良すぎて返って警戒されるのを避けたためだった。
そのため、相変わらず飯は市場の饅頭と水が中心だ。後はたまに肉屋に行って、肉や魚を買う。その程度に抑えている。
しかし、それが蘇双の美徳だと言う事は、張世平はよく知っていた。
朝飯として三日ほど前に市場で買った保存用の饅頭と魚の香草焼きを暖めて食べ、水を一杯飲み干した。
高台から戦が始まろうとする戦場を、双眼鏡で俯瞰する。既に、これで五回目。いい加減いつになったら動くのかと、少し呆れている自分がいた。
「兵糧攻めにすればあんな城すぐ干上がるのに、なんでそれしないんでしょうね?」
張世平が心底思った疑問はそれだった。太平道の指揮官は既に二人死んでおり、実質的にはあの城は無視してしまっても構わないように見えるが、どうもあの城に朱儁は固執しているように見える。
「あれだろ。朱儁更迭論。あれ太平道の連中が流したみてぇだが、思ったよりも朝廷に効いてるらしくてな。だから必死なんだろ」
「どこもかしこも、足の引っ張り合いって、醜いですねぇ」
まったくだ。そう言ってから、蘇双も双眼鏡で戦場を見やる。
漢軍の兵士が、城に突っ込んでいく。
城には、防衛用に機刃が数機いるが、それが重機関砲や機関銃を撃ちながら、攻城兵器を軒並み破壊していった。
力押しによる戦に切り替えたのかと思った瞬間、急に、漢軍の陣の奥から、気炎が上がった。
目を見開き、思わずこすった。
見間違えたのかと思ったが、こすってもやはりその大きな気は存在していた。
今までこの戦場で見たことのない気だった。大きさは、曹操や劉備とほぼ同格だ。
「蘇双殿、何か、います」
「まさか、また気の大きい奴か?!」
蘇双の声が、裏返っていた。それに頷く。
そう思う気持ちも分かる。まさかここまでこれ程気の大きい人間ばかりに出会うとは思いもしなかった。
天下が、英雄で溢れかえろうとしている。そして、それを迎える時代が来ている。張世平は、それを直感した。
そしてその気は、漢軍の前衛が少し引いた後、出てきた。
唖然としてしまった。
兵の数は二〇〇〇ほど。誰も甲冑を着けておらず、平服だ。しかも機刃は一機もおらず、全員が歩兵で、挙げ句武器すら持っていない。
服もかなり着崩している者も多く、荒くれ者という印象を、張世平は持った。
だが、その兵達の先頭にいる男からは、尋常ではない気が発せられている。
それに誰もが目を奪われている。そんな印象を持った。実際、戦闘が一瞬、止まったのだ。
「全軍、獣になる時や! 相手の機械どもを仰山ぶち殺しに行くで!」
先頭の男が、ここまで聞こえる声で、叫んだ。
その瞬間だった。
その歩兵達の身体が、巨大化し、徐々に変わっていった。
ある者は鳥に、ある者は狼に、ある者は熊に変身し、そして先頭の男は、白虎を思わせる、白い虎になった。
だが、どれもこれも、図体がとんでもなく巨大だ。機刃並の全長を持っている獣の群れだった。
「な、なんですか、あれ?!」
「
「獣人、ですか?」
「南方にしかいない特殊な人類だ。お前達竜人と違って長命じゃないし普段は人間態だが、誰も彼もが獣に変身出来る上に一騎当千だ。それにあの白い虎、ありゃ、孫堅だ」
孫堅という名は、聞いたことがあった。確か、南方の海賊退治で名を上げた武人であると同時に、商人一座の長だったはずだ。
遅い時期ではあるが、まさか参戦するとは思いもしなかった。
「
「「「「応!」」」」
「ほな、いくでぇ!」
孫堅の、咆哮が響いた。まるで地鳴りにも似た咆哮だ。
それと同時に、獣の群れが城に突っ込んでいく。
未知の戦いが始まる。そのことに、張世平の胸が躍った。
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