(7)初陣と英雄の邂逅
あれから、もう一週間が過ぎた。
あれだけ忙しかったときから、既に一週間も経ったのかと、張世平は少し驚いていた。
劉備、関羽、張飛が桃園で義兄弟の契りを結んだ。結果、年齢順に劉備、関羽、張飛という兄弟順になった。
その後はすぐさま劉備が村や街の若者に声をかけると、僅か三〇分弱でその規模は五〇人を軽く超えた。
それら全員に武装の供与をし、三兄弟に対して機刃を卸し、更には当座の金銭を明け渡した。
それまで含めて、全部で二時間ほどで終わり、こうして自分の初めての独力での仕事は終了した。
「しかしな、張世平。お前、あれだけの規模の物よくもまぁ出世払いでいいって言っちまったもんだな」
蘇双が、輸送車を運転しながら、呆れている。
まぁその言い分も分からないではない。実際先物買いで返済の見込みも分からない上、出世払いなど踏み倒される可能性も高いのに、何故出したと、思われても仕方ないだろう。
しかし、自分にとっては、妙な満足感がある。仕事とはそういう物なのかも知れないと、どこかで思っていた。
「実際それ以外に手段なかったんですし、しょうがないじゃないですか」
「今までの儲け半分くらい消し飛んだぞ……。お前結構奮発するな」
「いやいや。あれは劉備殿という大魚を釣るための餌だと思ってください。いずれでかい金になりますよ」
「まぁ、お前の目が確かなのは分かるがな……。と、着いたぞ。目的地だ」
輸送車から降り、高台に待機した。
また、この地に着いたと、感慨深い思いに、張世平はとらわれた。
潁川。その地で波才軍は完全に壊滅し、今は別の指揮官が太平道は率いている。しかし、その指揮官の気の大きさは波才より遙かに小さかった。
結構太平道も人材が尽きつつあるのかも知れない。
既に戦闘は始まっており、相変わらず漢軍は数は少ないものの、以前より陣の転換や兵の動きが速くなっている。
皇甫嵩の指揮だけではないなと、張世平は見て取った。
実際、よく見ると、先陣の方に曹操軍がいる。あの赤い機体群は、嫌でも目立つが、しかしそれにしてもそれを感じさせないほど、赤が敵陣を切り裂いていく。
漢軍の右翼が、一気に動いた。
歩兵と機刃が三機、上がってきている。
一瞬、心が躍った。
劉備達の部隊だった。
歩兵部隊は、対機刃用の使い捨て無誘導弾発射装置(ロケットランチャー)装備で、敵機刃の関節部を狙う。
それで援護してもらいながら、その間に劉備、関羽、張飛が突き進む。
劉備は中軍、関羽と張飛が、競い合うように前軍で敵機刃をなぎ払っていく。
劉備の機体は、特に改造もされていない無我ではあるが、緑色に塗られていた。二丁の銃剣を持っているから、よく分かる。小型の銃の先に、短刀が取り付けられた型の銃剣だ。
銃弾が放たれ、敵機刃の胴体を貫通し、動けなくした。恐らく敵兵は死んだだろうと、一発で分かった。
関羽と張飛を少し抜けてきた機体に対しても、劉備はなかなかのもので、短刀で胴体を突き刺した後、零距離から銃弾を放ち、敵機刃を行動不能にしていた。
対する関羽、張飛の無我は、関羽と張飛が扱っていた武装をそのまま大型化した物を使っている。
甲高い電力発声器の音が、ここまで響いてきている。あそこまでの音を響かせると言う事は、機体をほぼ最大出力で使っていると言う事だ。
関羽機が空気滑走しながら、一気に敵陣を貫いた。明らかに通常の無我の範疇を超えた動きだった。
そして、敵指揮官機が機関銃を構えたまさにその瞬間、青龍偃月刀を横に一閃し、一刀のもとに切り捨てた。
四散しそうになる敵兵には、張飛があたり、一方的に蹂躙した。
劉備軍の投入から敵指揮官撃破、そして敵潰走まで十五分とかからなかった。
「張世平、お前、あの無我何か改造したか?」
「いや、特に何も」
「だとすりゃあ、少し、関羽と張飛に関しては、無我じゃ荷が軽すぎたんじゃねぇか?」
「同感です。正直、あそこまで使えると言うのは、少し予想外でした」
正直な感想を述べるとそうなる。
劉備という男は、間違いなく関羽と張飛という化け物二人を手に入れ、それでありながら自身の武勇も上等という、なかなかの逸材だと、思わざるを得なかった。
「こりゃ、俺の目も老いたかな」
蘇双が、小さく言った。
あえて、聞こえないふりをした。
その後、残敵の掃討が終わった段階で、漢軍の陣を訪れた。
機刃の部品を、卸すことになっていたからだ。
「よーっ、張世平に蘇双」
荷を卸している最中、劉備の、少し大きな声が聞こえた。
案の定、劉備、関羽、張飛が歩いてきた。
「いかがでした、初陣は?」
「黄巾軍はこんなものか?」
「この地域に関しては、一ヶ月前に波才軍が蹂躙されて以降、弱くなりつつあるのは確かですね。ですが、あなた方があそこまで初陣で黄巾軍を蹂躙なさるとは、正直思いませんでした」
「なるほどな。求心力を失いつつある、ってわけか。通りですぐに敵指揮官がやられた後に潰走する速度が速いと思ったんだよな」
劉備が頭をかく。
「ほぅ、お前が劉備か」
声を聞いて、思わずハッとした。
右からの声。少しの冷徹さと、激情さを併せ持つその声を聞くと同時に、両者の気を見て、呆然とするより他ない。
曹操が、ただ一人でそこにいた。それも、巨大な気を放ちながら、である。
改めて見ても、劉備のそれと匹敵するこの巨大な気を発するこの男は、何なのだと、唸らざるを得なかった。
「なんで、俺の名前を?」
「盧植殿から伺った。俺に匹敵する英雄がいるかもしれない、とな」
「盧植先生から?! 先生はお元気なのか?!」
「ああ。今は張角の軍と対峙するために
「なるほど、冀州か。そいつぁ盲点だったぜ。そっちにいるとは思わなかった」
「お前は義勇軍を率いているのか?」
「ああ。村と周辺の街で集めた。今日が初陣だよ。ざっと五〇人ほどだが、三〇分ばかしで集まってくれた」
「ほぅ、人徳は上々のようだな。それに、敵指揮官を斬った男と、追撃した男の武勇も相当だな」
曹操が一つ頷いた後、不敵に笑った。
「劉備、俺に仕えないか?」
思わず、全員目を丸くした。
「あんた、何言ってんだ?」
「俺は人材が好きでな。同時に、野心を持つ男もな。いくらでも、面白い人材は欲しくなる。磨けばより輝く人材もいるからな」
劉備は、一度息を吸って、吐いた。
気が、少しだけ大きくなった。
「悪ぃな、俺兵士になるつもりはねぇんだ。俺は天下を取りてぇ。そして国を立て直す。それが俺の目的なんでな」
それに対して、曹操は軽快に笑った。
少し、劉備がムッとした表情を示す。
しかし、それとは対称に曹操の気は、より巨大になっていた。
巨大な気炎が二つ、立っている。
英雄が邂逅した瞬間に、自分は立ち会ったのだと、張世平は実感できた。
「なんだよ、おかしいか?」
「いや、おかしくはない。失礼だったな。しかし言っただろ、俺はそういう野心のある男が好きだとな。ますますお前が気に入った。劉備、気が変わったらいつでも来い。俺は曹操、字を、孟徳」
「わーったぜ。んじゃ、俺は盧植先生のところに行くぜ。んじゃな、曹操」
「活躍を祈るぞ、劉備」
曹操が、拱手した。
それに、劉備達も習った。
曹操が立ち去ると、劉備の額に、汗が滴り落ちていた。
「なるほど。相当の器だぜ、ありゃ……」
「あれが曹操殿です。この潁川の地で、波才軍を打ち破る戦術を立てた人です」
劉備が、不敵に笑い、一方で、苦虫をかみつぶしたような、そんな混じり合った表情をした。
「ああいう奴を中心に、乱世は回るんだろうな。曹操、か。覚えておくぜ」
そう言った後、少しして劉備達は陣を後にした。
英雄二人が出会った意味は、何かある。
そう、感じずにはいられなかった。
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