(6)桃園の誓い

 顔を洗い、髪の毛を整えた後、すぐさま劉備の家に行った。

 扉を叩くと、関羽が出迎えた。


 目の前で見ると、張飛と同様に凄まじい威圧感だった。これが戦場にいるとなると、そして大軍を率いるとなると、相当な力を発揮するだろうことは、容易に想像出来た。

 気は、信じがたいことに昨日より更に巨大になっている。

 何があったのか、張世平は聞きたくなった。


「関羽殿、おはようございます」

「おう、張世平か。蘇双は一緒ではないのか?」

「今回は、私一人にて」

「分かった。劉備殿と張飛なら、今朝食を作っている」

「なるほど。もうそんな時間でしたか。少し、開けた方がよろしいですかな?」

「いや、中に入れ、張世平。我らも話がしたい。それで良いか、劉備殿」

「ああ、いいぜ。張世平、お前飯食ったか?」


 劉備の声がする。こちらは、関羽と違っておおらかだった。

 だが、何故か不思議と、昨日より覇気がある気がする。


「いえ、まだ朝食はいただいてません。考えてみれば、夕食から取ってませんでした」


 言われると、腹が鳴った。

 考えてみれば、蘇双とずっと話し合いをしていて、結局水を飲んだくらいでそれ以外はまったく口にしていない。

 腹も減るなと、少し苦笑した。


「なら食いなよ。張飛の奴が、朝山に行って取ってきてくれた豚がある。そいつの丸焼きがあるぞ」

「なるほど。分かりました。上がらせていただきます」


 一度礼をしてから、家の中に入った。

 思わず、息を呑んだ。

 劉備、関羽、張飛、三人とも気の量が尋常ではないほど上がっている。

 ならばこちらも、相当の覚悟でもって仕事に当たらねばなるまいと、思うには十分だった。


 張飛が、厨房で食事を作っていた。かすかに漂う油の臭いと、焼ける肉の音が、張世平に対し少し安心感をもたらした。


「お、張世平。もう少しで出来上がるから、ちと待ってろ」

「分かりました。しかし、張飛殿が料理をなさるとは、意外でした」

「俺は肉屋で働いたこともあるからな。なんだかんだで調理は一通り出来るぞ」


 確かに、張飛の調理動作はそれぞれに無駄がない。調味料をかける量も、極端という感じではなく、その身に合わないほどに繊細だ。

 意外な一面を見ていると、少し驚いた。


 少しすると、張飛が火を止め、包丁で一枚ずつ丁寧に豚肉を切っていく。

 人数分を皿に盛りつけて、食卓に着いた。


「あいよ。豚肉の丸焼きだ。少しばかり香草も使ってる」


 確かに、臭いを嗅ぐと香草の香りがする。

 料理人の方が向いているのではないかと、一瞬思ってしまった。

 そして一口食べると、確かにこれは美味い。久々にこれだけの美味を食べた気がする。


「美味しいですね」

「張世平は、普段何食ってる?」

「最近は商売が忙しくて、市場で売っている饅頭ばかりでした。饅頭の中に肉詰めにされている物も何個か食べましたが、いや、それにしても、この肉の柔らかさと言い、見事です」

「事前に少し煮込んでおいたんだ。だから柔らかくなる。ちょっと手間かかるから、戦には使えねぇのが、難点だがな」


 張飛が、苦笑しながら答えた。

 しかし、手際は見事な物だ。あっという間に、食べてしまった。

 皆それは同様だったようで、皿の上には何も無い。劉備の母も、あっさりと食べてしまっている。


 劉備の母が、食器は片付けてくれた。

 その間に、話すことにした。


「では、商談に移りましょうか」

「商談か。いいだろう。で、張世平、お前の所は何を供与できるんだ?」

「当面の金銭と、今輸送車にある機刃三機及びそれに付随する武装群各種。それと、新式の雌雄一体式の銃剣があります」

「ふむ。で、それはいくらだ?」

「そこです。劉備殿、私はあなたたちの気の大きさを見ることが出来ます。竜人ですからね」

「では、その竜人のお前から見て、俺達はどうなんだい?」

「三者とも同格。しかも、相当の気量。これだけの物を持っている人物は、私は一人だけ知っています。漢軍の若手の将です。それ以外では見たことがない」

「器としては問題ない。そう言いたいんだな」


 張世平は、劉備の問いに頷く。


「しかし、問題もあります」

「それについては考えた。やはり、金銭と、世間的な知名度か」

「然り。残念ながらお三方ともこれから名を残す逸材であり、世間的にはまだ無名の存在です。そこに我々が後ろ盾として付くには、一つ条件があります」

「言ってみろ」

「お三方で、義兄弟になられてはいかがでしょうか? それを旗頭として、義勇軍を結成し、それを元に各所を進軍、そこで次々戦歴を残せば」

「名を、天下に響かせることが出来る」


 劉備の目が、一段と輝いた。

 静かに燃えている。その印象が、強く残った。


「そういうことです。お三方とも同格の気量だからこそ、中心に据えるのは劉備殿一人であったとしても、それと同格の二人がいる。それにより互いの頭目争いも起こりづらくすることが出来る」

「名案だな。実を言うと、俺も関羽と張飛を、部下として扱うって事は、あまりしたくなかったんだ。気の合う仲間ってか、志を共にしている奴を、そう簡単に部下扱いは出来ねぇさ」

「となると、相当お三方で話し合ったのでしょうね」


 劉備達が、一様に頷いた。


「民、志、他愛のないこと、今後の政、どうしていくか、様々に下案した。結果、やはり私には劉備殿の考えがスッときた。だから、着いていこうと思うに値するのだ」


 関羽が、相変わらず腕を組みながら、威圧感のある声で言う。


「手の方が先に出る俺だが、今の民が疲れ果ててるのは十分に理解してる。だが、劉備殿ならなんとかしてくれるかもしれねぇ。そう思わせてくれるんだ。だから、雲長兄と同じで、着いていこうと思う。たとえ何が起ころうが、乗り越えられる。そんな気がしてならねぇし、少し、ワクワクするんだ」


 張飛が、頬をかき、恥ずかしそうに笑った。


「なら、義兄弟の契り、結ぶか」

「おうよ。なら、今俺達が住んでる屋敷の裏に桃園がある。そこでどうだ?」

「いいな。そこならば、絶好の場所だ」


 三人とも、すぐに立ち上がり、劉備の家から出た。

 張世平も、それに続く。


 桃園は、村から少しだけ離れた街にあった。なかなか見事な桃園で、ちょうど花の香りも漂っている。日は、中点にもう少しでさしかかりそう、といった具合だ。

 祝宴を儲けることも考えたが、劉備はそれよりも先に乱世に立ちたいと、断られた。

 三者が、武器を天に掲げた。


「我ら天に誓う」

「生まれた日は違えども」

「死すときは」

「「「同じ日、同じ時を願わん」」」


 三者の気が、今までにないほど大きくなった。

 鳥のさえずりが聞こえ、風が吹いた。

 乱世に、また英雄が新たに行く。それを感じるには十分だった。


 後に人は、これを『桃園の誓い』と呼んだ。

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