(3)邂逅、そして思い

 結局、あの二人は飯を食うだけ食って、あっさりと帰って行った。関わろうかとも思ったが、どうも会話のきっかけも見いだせなかったから、少し静観した。

 ただ、しばらくは楼桑村にいるらしい。義勇軍の募集があると聞きつけてきたそうだ。


 しかし、その肝心の義勇軍は、装備の発注で呆れかえることになった。

 よりにもよって漢軍のその担当者が賊徒に殺されていたのである。武装と機刃三機は、変わらず輸送車の荷台に積んだままだった。

 いるのは、義勇兵募集の所にいる漢軍の兵士一人だけだった。


「ご苦労だったな。なんでも、賊徒に襲われたと聞いたが」


 威圧感のある風貌をした漢軍の士官が、機械的に聞いてきた。

 興味がない、とも張世平には受け止められた。


「はい。太平道の印を付けておりました。しかし、ああいう手合いが増えているようですな」

「ここ最近急激に増している。だが、あれは太平道ではあるまい。この乱に乗じた賊徒に過ぎん」

「策は講じないのですか?」

「ネズミ算式に増える賊徒を相手にするのは、我々の仕事ではない。だから義勇兵の募集をしている。それと、機刃三機と武装に関しては、どうにかそちらで売るなりなんなり好きにしろ。移送後どうなろうが我々は知ったことではない」


 それだけ言って、士官は署名をした書類を渡した。

 それで士官はあっさり去って行った。

 蘇双と二人でため息を吐いてから、輸送車の中に乗った。


「ったく、何が仕事ではないだ。元をただしゃあいつらがろくに仕事しねぇからこうなってんじゃねぇか」

「同感ですね。しかし、確かにここ最近の賊徒の増え方は異常です」


 蘇双が、一つ頷く。

 実際、商人仲間も襲撃され殺される事例が何件も発生している。


 太平道の本隊だとすれば、今頃都に向かって襲撃の準備を心がけているだろう。しかし、こんなのどかな地形的にも重要ではない農村付近にいるということは、本当にただの賊徒が太平道を騙っているに過ぎない。


「まさかとは思いたいが、太平道が自分自身を制御が出来なくなってるんじゃねぇのか?」

「確かに、それは考えられます。張角殿の場合、あの異常な人の惹きつけがありましたから、信徒は完全に一枚岩でしたし。しかしここに来てああいう手合いが増えてきたって事は、いよいよもってその先導者基質と太平道という組織の名前を、自分自身で制御できなくなっている恐れもありますね」

「何処も腐敗するのは一緒、か」


 蘇双がため息を吐いた。

 存外、この乱は早くに終結する可能性が、否定できなくなってきている。


 張角のあの気の陰り、あれが今どうなっているのか定かではない。しかし、それが巨大化しているともなれば、姿を見せるというのはかなり難しくなってくるだろう。

 実際、この乱は張角の先導者基質があってこそ成り立つ側面もある。それがなくなった時、黄巾軍はただの賊徒に成り下がる可能性はかなり考えられた。

 だとすれば、賊徒に対して収益を上げるというのは難しくなってくる。


 その点において、英雄と呼ばれる素材がいてくれれば、儲けることは十分可能だ。

 もっとも、それは金払いが良ければ、というのが条件になる。


 さて難しい局面になった。そう思ったとき、義勇軍募集の立て看板を眺めている男がいた。

 劉備だった。

 ただその目には、覇気と言うより、憂いの方が大きい。

 その瞳に興味があったから、輸送車を降りて、少し遠目に劉備を見ていた。


 劉備が、深いため息を吐いた。


「あんだぁ、ため息なんざ吐いて。義勇軍の募集で、あんた熱くならねぇのか?」


 聞いたことのある声がした。劉備が振り向くと、先程店にいた筋骨隆々とした男が、髭の生やした男と共に、義勇軍募集の立て看板の前にやってきていた。

 やはりこうして見ると、三人の気の大きさがよく分かった。大きさは曹操に匹敵し、それが三人分である。

 何かが起きる。そう張世平は、いつの間にか願っていた。


 劉備は、それを見て首を横に振るう。


「いや、今の王朝が情けねぇことが、何より哀しいのさ。だが助けないわけにもいかねぇっていうのが、俺の中にある。だからため息なんざはいちまう」

「それは、漢王朝に対し無礼ではないか?」


 髭の生やした男が、劉備に対し言うが、その声は僅かに怒気を孕んでいた。

 だが、劉備は不敵に笑う。


 瞬間、気が大きくなった。同時に、目に野心が宿っている。

 曹操の物とはまた違った、野心の眼だった。


「そうだな、無礼かも知れねぇ。だがよ、漢王朝は『劉』の姓で長続きしてるってのが現状だ。つまり、血筋以外に何も引き継ぐ物がない。ならば、同じ劉姓の俺が帝として君臨して立て直し、民に笑顔を取り戻す。そのためなら、この劉玄徳、いくらでも命張るぜ。それが、天下に安寧をもたらすための、第一歩だ」


 二人が、呆然としていた。

 自分もまた、同じだった。

 この男は何を言っているんだと、思わず言いそうになってしまった。


「劉玄徳、か。して、あんたはどうするつもりだ? どうやって国を立て直す?」

「まずは国家基盤がしっかりしないことには何も始まらねぇ。今の朝廷を見ろ。ガタガタだ。太平道の乱も、元を正しゃ民による怒りが原因の反乱だ。まずは税制の見直し、職の斡旋、やることは山積みだが、一個ずつ確実に片付ける。そうすりゃ、いずれ民は笑顔になるさ。俺はな、その笑顔が千年、あるいは二千年続けられるような、そんな天下にしてぇんだ。それが、俺なりの漢王朝の立て直し方だ。漠然としてるかもしれねぇがな」


 思ったより、劉備という男は頭が切れる。劉姓を持つだけのただの農民にしては、考え方が地に足が付いているのだ。

 何が影響しているのか、少し見てみる必要があると感じた。

 男二人が、劉備に対して拱手していた。


「なるほど。なかなかに立派な所見をお持ちのようだ。先程の無礼をわびよう。私は関羽かんう。字を、雲長うんちょうという」


 髭の男-関羽が、相変わらず威圧感のある声で言った。しかし、その声からは怒気は感じられなかった。


「俺は張飛ちょうひ。字は翼徳よくとくだ。よろしく頼むぜ」


 もう一人の男-張飛が呵々と笑いながら言った。

 それを見て、三人の気が、より大きくなった。

 天下に何が起きている。そういう実感が、まず張世平には浮かんだ。


 一度、蘇双のいる輸送車に乗る。


「蘇双殿、どうも劉備殿が引っかかります」

「俺もそれは考えてる。あの銃だけならまだしも、あの腕前はどう考えても飾りじゃねぇ。何か訓練とか積んだとしか思えねぇな」

「それもあるし、気の量も尋常ではありません。しかもあの三人、あっさり意気投合しました。それを考えると、あの先導者基質は異常ですよ」

「となると、調査がいりようかも知れねぇな。ちょっと行ってみるか」


 蘇双の言葉に頷き、劉備達に近寄った。


「失礼。先程の言葉を聞く限り、劉備、あんたなかなか面白いな」

「お、蘇双か。張世平も一緒か。ならちょうどいい。四人とも一度うちに来いよ。狭い家だが、話し合いには十分だろ?」

「なら、遠慮なく」


 劉備に先導され、関羽、張飛達と共について行く。


「ここが、うちだ」


 そう言って劉備が案内したのは、本当に小さな、ありふれた平屋の農家の一軒家だった。

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