(4)それぞれの過去と金銭問題
一軒家の中には、少しだけ、香りが漂っていた。
香を焚いているというのは分かったが、せいぜい贅沢品はそれくらいで、それ以外は比較的質素だった。
食器も、特にこれといったものはない。家の中は草鞋と、それに使う材料が束となって置いてあり、また農具も置いてあった。
張世平は、劉備の母親から出された水を、一杯飲んだ。
澄んだ味がする。悪くはないなと、何処かで思った。
ただ、周囲を見渡しても、どう見ても機刃や武具を提供するにしても、それだけの料金を出せる家庭には見えなかった。
「こちらには、お二人で?」
「ああ。親父は俺が子供の頃に死んじまった。叔父もいたんだが、それも数年前に死んだ。だから俺と母だけだ」
劉備が、市場で買ってきた饅頭を一つ食べながら、関羽の問いに答えた。
「しかしよぉ、さっきの考えにしたってなかなかのもんじゃねぇか。俺なんざ手が先に出ちまうから、どうしてもそこまで思いつかねぇぜ。何処で学んだんだよ?」
張飛が、肉炒めを食べながら言った。
「叔父が料金出してくれてな。父や祖父はこの地域の高官にまで行ったから、まぁまぁの貯めた金もあったんだが、俺を見込んでくれてな、より高額の金を援助してくれたんだ。それで、俺は盧植先生に学んでたんだ」
蘇双が飲んでいた水を、吹き出しそうになった。
「盧植だと?! 盧植ってあの漢軍の名将の!?」
「ああ。俺はそこで銃の扱い方を学んだ。それと、機刃の扱い方も一通りな」
「なるほどな。それであれだけの腕があるってことか。しかし、だったら何故漢軍に入らなかったんだ? そっちの方が給金いいだろうに」
「俺が兵士になるのが嫌だったのもあるが、同時にそもそも、俺は盧植先生の学校卒業したわけじゃねぇんだ。在籍はしてたが、その途中で金銭援助してくれてた叔父が死んでな、それで資金が行き詰まって退学した。盧植先生からは止められたが、こればかりは俺の義理だった。先生に迷惑かけたくなかったしな」
それでこの村にいるとすれば、相当劉備という男は義理堅いのだろう。それ自体が、乱世を生きるには酷かもしれないが、ただ、それが力に変わるときもある気がすると、張世平の中で何かがささやいた。
「で、関羽と張飛は? 機刃使えるのか?」
「私も使えるな。かつて民生用に卸されていた機刃を用いて商人の護衛をやったことがある。それも複数回。機刃の操縦はもう慣れっこだ」
「俺も同様だな。護衛したのは商人じゃなくて街だったがよ。数回だが乗ったぜ」
どうやら幸いにして機刃三機を卸すにせよ、この三人なら扱えるだろうと、張世平は踏んだ。
だが、あれは民生用と違って軍用だ。当然高い。そんな物を劉備達が払えるとは到底思えなかった。
しかし、かといってこんな所で腐らせておくには三人とも惜しすぎる逸材だ。
だからこそ、悩むのだ。商人としての今の金を優先するか、それとも先々を考えるか。
先々で上手くいかなかった場合は本当にタダのバカで終わる。先物買いというのはそういうことなのだ。
「で、もう一つ質問だが、関羽と張飛は何やって生計立ててたんだ?」
蘇双が問うと、関羽が腕を組んだ。張飛は、食事を一度止めた。
やはり蘇双も気にはなっているのだろう。
「傭兵のようなことをしていた。親は知らん。いつの間にか戦場にいて、そこで武具の扱い方は学んだ」
「俺も同様だ。二年前になるかな、そこで偶然雲長
蘇双が、一度ため息はいた。
金の芽がない。そう見たのだろう。
「義勇軍には、参加するのか?」
三人とも同時に頷いた。
武具は扱える。機刃も扱える。
問題となるのは金銭だけだ。
「参加したいが、武具を揃える金はねぇ。そこがお前らの問題だろ?」
「そういうこった」
劉備が、蘇双に苦笑した。
「一応俺には銃がある。関羽、張飛、お前らは?」
劉備が言うと、関羽と張飛が、背負っていた物を出した。
鞘から出したそれを見た瞬間、蘇双が唸った。
関羽は青龍偃月刀、張飛は蛇矛。どちらも身の丈以上の物で、なおかつかなりの業の物だ。
「こんないい物、何処でこさえた?!」
「昔、傭兵時代に傭兵の隊長が使っていた物だったが、それを受け継がせてくれたのだ」
「俺の場合は力が有り余ってるから剣程度じゃすぐにもげちまってな、だから傭兵の仕事一回分の代わりにこれを作ってもらった」
関羽と張飛が、自信ありげに答えた。
蘇双が、再度刃先を見る。
刃こぼれ一つないが、かなり使用した痕跡がある。特に柄が、相当に使い込まれていた。
「なるほど、こいつぁ立派なもんだぜ。これだけのもん持ってりゃ上等じゃねぇか」
蘇双が、頷きながら言った。
自分もまた、それに見入っていた。よく手入れもされていることが、分かったからだ。
だが、この三人だけでどうにかなるほど世の中は甘くない。義勇兵にはある程度の人数が必要になる。
ともなれば、物資、金銭、色々と入りようだろう。
蘇双は、どうするべきか悩んでいる。これを見て、少し動かされたのだろう。
蘇双に、顔を近づけた。
「蘇双殿、この者達の先物買い、ありなのでは?」
「いや、もう少し待とう。少し考える必要がありそうだ」
むと、少し自分で唸っていることに、張世平は気付いた。
蘇双らしくない。そう思えるのだ。
一度、検討のために輸送車に戻ることにした。
既に、外は夕暮れだ。
劉備達は、まだ話し合う気のようだ。
あの三人なら、余程のことがない限りはどうにか結束できるだろう。
そんな英雄の卵たるあの三人を、この乱に送り出す手段は何かないものか。
そんなひどく不安定なことを、いつの間にか張世平は考えていた。
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