第三話『劉備、関羽、張飛の義兄弟』

(1)太平道を騙る者達

 輸送車を更に加速させた。

 機刃が、後方から追ってきている。


 数は一六。賊徒だ。軒並み使っている機刃は各所がボロボロの機体だ。一部の機体に至っては腕がない奴すらある。機体も統一もされていない。

 更に言うなれば、全機操縦者を保護する防護装甲が一切ない。即ち操縦者はむき身の状態だ。


 恐らくこれらは戦場で廃棄された機体を、そのまま流用しているのだろう。何せ武装も銃器すら持っておらず、全て槍などの近接武装だった。

 しかし、唯一共通項がある。肩に『太平道』の文字と、黄色い塗装がなされていることだ。


 曹操と出会ってから、早一月が過ぎた。最近、よくこういったことが多くなった。

 太平道を騙る賊徒に襲撃される機会が、とにかく増えた。


 今自分達は義勇軍の募集が行われている場所に向かっている。そこで機刃を三機ほど卸すことになっている。その地域の漢軍、ないしは義勇軍に貸与するためのものだそうだ。

 今はその機刃三機と、それに伴う武装を満載している。おかげで速度は正直あまり出ない。

 だからなおさら狙っているのだろうと、張世平は思った。


 自分は後方のどれくらいの位置に敵がいるか、蘇双に逐次報告している。

 蘇双の方は、運転に必死だが、汗がかなり出てきていた。

 既に三時間ほど、荒野に入ってからこれを継続している。

 根気が破れたときが、負け時だと張世平は感じた。


「ちぃ、連中いつまで追ってくるつもりだよ!」

「こっちが明け渡すまで延々追ってくる感じですよ、この感じだと! 積み荷をここで明け渡すのは?!」

「下策に決まってんだろ! せっかく曹操とも繋がったんだ! ここでそんなことしてみろ! 奴との契約は恐らくご破算だ!」


 ジリ貧だと、思うほかなかった。

 蘇双の言うとおり、ここで相手に投降しても、恐らく許してはもらえまい。ほぼ間違いなく荷物を奪われるだけでなく殺される。

 それに、せっかく築けた曹操との網も、一瞬にして破滅する未来しか思い浮かばない。


 あの冷徹さが垣間見えた眼差しは、失望させるなと、言っているようなものだった。

 正直、今の賊徒よりも、あの眼の方がよほど怖いのだ。


 せめて自衛用手段があればどうにかなるが、残念ながら自分達にあの機刃を動かす資格はないし、何より自分達は操縦の仕方すら知らない。

 ほぼ自分の思念で動かせるらしいが、それ以外に数多の計器類があの狭い中に密集しているのだ。それを動かす気力はとても沸かない。

 賊との距離はざっと一〇里(約四km)。かなりギリギリの所まで迫ってきている。


 輸送車の警報が鳴り響いた。

 前方に人影あり。距離一里(四〇〇m)。

 そう告げられた瞬間、ハッとした。


 この荒野の中に、一人の男がいる。

 だが、その男から出ている気の大きさは、曹操のそれに匹敵した。

 よく見ると、耳たぶが大きく、少し腕が長い。身の丈はそこそこに大きいが、服装は緑のほう(上着)を着ている以外は、目立ったところはなかった。

 しかし、眼の奥に広がる炎は、曹操のそれと、非常に良く似ていた。


「ちぃ、なんなんだ、あいつは?!」

「蘇双殿! あの男、気の量が曹操殿に匹敵します! あれは、生かさねばならない者です!」

「何?! だが、どうすんだよ!」


 蘇双が、その男をよけた直後、男が袍の胸元から、武器を取り出した。

 雌雄一体の、二丁拳銃。

 男は、それを両手に持ち、交叉させ、そして、賊徒に向かって撃った。二丁同時に、である。

 賊の眉間にその銃弾が当たり、機刃が二機、停止した。


 蘇双が、思わず輸送車を止めた。


「あいつ、明らかに戦い慣れてやがる。いくら壊れかけだって、機刃相手に二丁拳銃だけで挑むって、正気か?!」

「狂気の沙汰でしょう、どう考えても。でも、確かに、動きに無駄がないですね、まったくといっていいほどに」


 実際、あの男の戦い方には隙がない。

 賊徒が来たとしても、それが来る前に確実に眉間に狙いを定め、撃ちぬく。

 それを、よりにもよって一六機、全部にやったのだ。

 気付けば、先ほどまで追ってきていた賊徒は、誰もいなくなっていた。

 皆眉間を撃ち抜かれ、それにより機刃は完全に停止していた。


 男が、弾倉を捨てた。袍から、弾倉を取り出して、取り付け、こちらを向いた。


 今、最悪の予感が脳裏をよぎった。

 この男が敵だった場合、間違いなく、命はない。

 だが、男はあくびをし、のびをしてから、少し笑った。


「よ、大丈夫かい、お二人さん?」


 何処か、人を和ませる声だった。曹操と違い、威圧感はない。

 だが、何故こんな男から、これ程の気が漂っているのだろう。

 蘇双と共に、輸送車から降りていた。


「助けていただき、感謝する。俺は蘇双」

「張世平と申します。商人です」


 男が、頬を指でかいた。


「商人かぁ。ならさ、一つだけ、俺の頼み聞いてくれるかい?」

「命以外でしたら、なんなりと」

「うん。そうだな。とりあえず、うちの村に来て、俺に飯おごってくれないか?」


 思わず、蘇双と二人して、顔を合わせてしまった。

 何度か顔を合わせた後、再び男の方を向く。


「え、それだけ、ですか?」

「ああ。そんだけ。俺の家ちと今貧乏でさ、飯ありつけるならどーにかしたいわけよ」

「なるほど。それでしたらいいでしょう。ところで、村は近いのですか?」

「ああ、すぐ近くだよ。ここからならあと五里程かな。楼桑村ろうそんそんっていうんだけど」


 そう言われて、また二人して顔を合わせた。


「蘇双殿、確か、今回の目的地って……」

「そこだよ、おい……。こんな偶然あんのかよ……」


 蘇双が、頭を抱えていた。

 こっちも、呆れて物が言えなかった。

 なんで今までここに向かっていることを忘れていたのかと、もう恥ずかしくて仕方なかった。


「飯の件なら了解した。出来る限りではあるが、礼をしよう」

「ありがてぇ。そうだ、自己紹介がまだだったな」


 男の目が、一段と輝いた。

 気も、大きくなった。思わず、つばを飲み込むほどに。


「俺は劉備りゅうび。字は、玄徳げんとくってんだ。よろしくな」


 澄んだ声で、その風変わりな男-劉備は答えた。

 気の大きさからして、相当の何かであることは間違いない。

 曹操とはまるで対極に位置する英雄がいる。そう張世平は、感じざるを得なかった。

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