(5)その名は絶影

 既に、城は囲まれていた。

 黄色く塗られた機刃が、機関銃を城壁に放ち、それを逆に迎撃される。


 しかし、それでもなお、攻める。

 口々に聞こえる言葉は、蒼天既に死す、という言葉だった。


 皇甫嵩と朱儁の軍が、波才はさいの軍に抑えられている。

 波才と言えば、黄巾軍の中でも優れた、と言われている将の一人だ。実際、中軍にいる機刃から、一つだけそこそこに大きい気炎が上がっている。


 張世平は、蘇双と共に崖の上からその様を見ていた。崖の上に輸送車を止め、双眼鏡越しに二人してその様を俯瞰している。

 しかし、見る限りで曹操という男の姿はない。

 色々と調べると、特徴的な機刃に乗っていると言うから、恐らく一発でそれだと分かるだろう。だが、特に特殊な機刃は確認されていない。


 強いて言うなれば、漢軍の高級将校に与えられる紫色の機刃『雷刃らいじん』が二機、確認されただけだ。それも先ほどまで、である。

 一方の雷神は双剣、もう一方は大型機関銃を二丁装備していた。それぞれ、皇甫嵩と朱儁の機体だ。


 昼間からこの戦闘を見ているが、あの二機は相当最前線に出ては黄巾軍を蹴散らしていた。それだけに消耗が大きかったのか、今のところあの二機は見えない。

 既に夜半。夜半に攻め入る、といった手は黄巾軍は取らなかった。草むらに陣を築き、ゆっくりと締め上げていく作戦に打って出たようだ。

 黄巾軍の数は、見るだけでも十万以上、それに対し漢軍は一万弱。かなり厳しいだろうと、張世平は見ていた。


「漢軍は、負けますかね」

「いや、俺にはそうとも思えん。第一、あの商人の言ったことが本当なら、相当に強い気を、曹操は持っているはずだ。だが、それすら見えていないんだろ?」

「はい。今のところは確認されていません。それどころか、雷刃も二機とも見えません」

「となると、動くな」


 そう蘇双が言った直後だった。

 思わず、目を見開いた。


 急に、気炎が立ち上ったのだ。

 それも、黄巾軍の陣にほど近い草陰から、である。


 その中心にある気の大きさは、張角のそれとは比にならないほど巨大で、それでいて、雄々しい気だった。

 だが、それに黄巾軍が気付いた形跡はない。ということは、その気は内側に向けられた物で、それを上手く隠せる人間でもある、ということだろう。


 双眼鏡を拡大すると、更に唖然としてしまった。

 その気炎が立ち上った機刃は、今まで見たこともない機刃だったからだ。

 所々に漢軍の部品があることから漢軍の物であることは間違いないだろう。しかし、あの形状をした機刃は見たことがない。

 四本の腕を生やした、紅蓮の炎のように赤い機刃だった。それが真ん中に待機している。

 しかも四本の腕全てに八.六六分(約二〇mm)口径の重機関銃を持っている。


 その後方に、四機、指揮官機がいる。漢軍の標準的量産機『無我むが』の指揮官仕様だが、それも全て赤系統に塗られていた。

 しかし、どれもこれも相当に改造されている。一機は頭部に強化型の検出器(センサー)を付け、それにより頭部が左右非対称になっている。武装は槍だ。

 別の一機は背部に機体固定用の杭が付いた装置を付けているのみならず、武装は漢軍最新鋭の狙撃銃である六四.九分(約一二〇mm)口径の『八三式狙撃銃』装備型だった。

 更に別の一機は盾と剣が一体化した武装を持ち、そこら中に装甲が追加されていた。それによる重量増から護るためか、脚部の空気滑走用装備もかなり大型化されている。

 そして最後の一機もまた装甲が盛られているが、それ以上に多弾頭誘導飛翔体発射装置(多弾頭ミサイルランチャー)やら五.三五分(約一二.七mm)回転式多銃身機関銃(ガトリングガン)やら、やたら金のかかる装備だらけであることの方が印象に残った。


「蘇双殿、いました」


 言うと、自分と同じ方向を、蘇双が見た。


「嘘だろ、おい?! あの機体に乗ってるのかよ?!」


 蘇双の声が、珍しいほどに荒ぶっていた。


「知っているのですか?」

「ありゃ『絶影ぜつえい』だ。一機だけ試作された、漢軍の特殊仕様機刃だ。あんな四本腕なんて特殊な代物だから使える奴がいねぇから一機しか作られなかったんだ。そんな話聞いてたから、てっきり埃被って倉庫にでもいるか廃棄されたと思ってたぜ」

「強力なのですか、あの機刃は?」

「内部の電動機(ジェネレーター)も、機体の力も全部無我なんか比にならねぇよ。上手く扱う奴が扱えば、無我十機分の力は発揮出来るって噂だぜ」


 そんな機体に乗っているとなると、相当の変わり者か、余程の自信家か、それともその両方か。

 どちらにせよ、曹操という男にますます張世平は会いたくなった。


「で、どうだ、曹操の気の大きさは?」

「張角殿など、比になりません。巨大です」

「なら、商売のしがいもありそうだな」


 蘇双が、また不敵に笑った。


 あなたの気も大きくなりましたよ。


 言おうと思ったが、見たいという衝動の方が勝ってしまった。


 月が陰る。

 同時に機刃が起動した音がした。甲高い起動音がここまで響き渡っている。それと同時に草むらから機刃が出てきた。

 その数、実に千機ほど。


 一気に、赤い部隊が動いた。

 先陣は頭部が左右非対称の無我だった。それに絶影が中軍につき、後方には狙撃銃装備及び重武装型の指揮官型無我が先陣を援護する形で付いている。


 手で絶影が合図をする。

 直後、後方にいた重武装型無我が、陣地に向かって一発、多弾頭誘導飛翔体を発射した。

 空中のある程度の高さまでいった後、それは炸裂し、弾頭が一斉に陣に降り注いだ。


 陣地が燃え始めた。

 それで、ようやく黄巾軍は奇襲に気付いたのか、機刃を起動しようとしている。


 確かに、あの数ならば、波才の軍で粉砕出来るだろう。

 だが、起動するより前に、一気に先陣が黄巾軍の陣地に雪崩れ込んだ。

 先陣の無我が、槍を振るいながら一機、また一機と起動する前の機刃を破壊していく。搭乗者は乗る機体を失い、それと同時に疾走する機刃に蹴られて死んでいった。


 その後、中軍がそこに侵入した。絶影も、その中にいる。

 絶影の四本の腕が、一斉に展開した。けたたましい音を立てて、四本の腕から一斉に重機関銃が放たれる。

 起動しようとした機刃が、搭乗者ごと穴だらけになっていた。黄色い装甲が、搭乗者の血で赤く染まった。

 その絶影には、盾と剣が一体化した武装を持った重装甲型の無我が、しっかり横に付いている。護衛、といったところだろう。


 少し時間が経つと、流石に黄巾軍の機刃も徐々に起動し始めた。甲高い起動音が、よりうるさくなった。

 だが、起動した直後に、胴体が消し飛んだ。


 よく見ると、狙撃銃を構えた無我の銃口から、煙が上がっている。

 陣地からあの無我まで、ざっと見るだけで一〇里(約四km)はあった。それにもかかわらず、あの無我は機刃の装甲を破壊したのだ。


 部隊全体の練度も、士気も、今までの漢軍の物とは比較にならなかった。

 僅か千が、十万以上の軍を混乱に陥れている。


 絶影に、槍を持った黄巾軍の機刃が近づく。すると、絶影は一つの腕から重機関銃を落とし、その腕で、黄巾軍の機刃の頭部を掴んだ。

 黄巾軍の機刃が、ビクともしなくなった。相手の機刃も、空気滑走の出力をほぼ最大にしているであろうにもかかわらず、である。

 その間に、残りの三門の重機関銃から、一斉に零距離で銃弾が放たれる。

 穴だらけになった機刃は、完全に機能を停止した。


 その直後、その穴だらけになった機刃を、別の機刃に向けて放り投げた。何機かに、その機刃の破片が当たる。それで怯んだ隙に、落とした重機関銃を拾い上げ、四門の重機関銃を一斉に放った。

 また、三機撃破した。


 なるほど、蘇双の言うとおりだ。絶影それ自体が、無我の能力を遙かに凌駕している。

 すると、絶影が手を振って合図を出した。

 すぐさま、部隊が加速して黄巾軍の陣を割った。


 その最中、油が巻かれた。

 そして、最後方にいたあの重装備型無我が、多弾頭誘導飛翔体を放った。

 それが炸裂し、陣に降り注いだ瞬間、一気に炎が陣に膨れあがった。

 しかし、曹操軍は確認することなく、前進を続けている。


 黄巾軍の生き残りが、陣から脱出していた。

 その直後、あれだけ頑なに閉まっていた漢軍の城門が開いた。

 漢軍が、そこに向かって殺到してくる。率いているのは、雷刃が二機。皇甫嵩と朱儁だ。


 皇甫嵩と朱儁の部隊が、すぐさま二分して散開する。それぞれが、五千ずつを率いていた。

 波才は、どうやら健在らしい。脱出した黄巾軍の機刃の中で、少し大きな気が見えたからだ。

 だが、それ以上に、皇甫嵩と朱儁の気は大きくなっている。

 脱出した黄巾兵は、機刃に潰され、槍で突かれ、そして、波才の機刃は、皇甫嵩の双剣によって三分されていた。

 そこに、更に返す刀で曹操軍が来た。左翼から右翼へ、一度陣を割る。

 それで完全に黄巾軍は潰走した。


 漢軍の勝ち鬨が、ここまで聞こえてくる。

 だが、ほとんど曹操軍がやったようなものだ。


「な、なんだ、あいつは……?!」

「すごい……! これ程の男が……いるのですか……!」


 蘇双と共に、張世平は絶句するしかなかった。

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