(3)蒼天既に死す、黄天まさに立つべし

 その知らせを聞いたとき、思わず、血涙を流した。

 馬元義が、死んだ。

 朝廷への懐柔工作として向かわせていたが露見し、そして次の日には車裂きの刑に処されたというのだ。

 即ち、八つ裂きにされたということである。


「馬元義……すまぬ」


 張角は震える手を抑え込み、血涙をぬぐって、洞穴にいる信徒を集合させた。

 張宝、張梁も、同じように血涙を流していた。


「兄者、馬元義の復讐をするなら、今しかない」

「張宝、どうやら、甘かったのは私の方のようだな」

「大兄者ができる限り乱を起こしたくないという気持ちは、馬元義もよく知っていただろう。だからこの任を引き受けた。しかし、これだけのことをやられれば、俺は怒りを抑えられぬ」


 張梁が、拳を握った。血が、そこから落ちていた。


「そうだな。私もだ。予定より一ヶ月早くなったが、もはややむなし」


 自分でも驚くほどに、低い声になっていた。

 信徒が結集している部屋に行くと、信徒もまた、血涙を流していた。


 祭壇に上り信徒の様子を見ただけで分かった。

 怒り。これが全てを支配している。これ程の怒りを抱いただろうか。そう思えるほどに、信徒もその感情が強い。

 そしてそれは、自分もまた然りだ。


 ここにいる信徒は十万。その士気は、往々にして高い。

 時は今だと、張角の中で何かがささやいた。


「黄天の子らよ。我が大司教、馬元義が死した。私は乱を望まなかった。だが、奴らの方が火ぶたを切った。ならば、その鉄槌を下す先はどこか?!」

「漢王朝にあり! 漢王朝にあり!」

「然り! 漢王朝に我らが怒りの、民の怒りの鉄槌を下すときが来たのだ!」


 手を、前に出した。


「これより、私は天公てんこう将軍を名乗る! 張宝は地公ちこう将軍、張梁を人公じんこう将軍とする! 皆の者、黄巾を付けよ!」


 言うと、信徒が全員、黄色の頭巾を身につけた。

 ただただ、信徒の目には怒りの色が上がっている。


「これより、漢王朝に対し、乱を起こす! 蒼天既に死す、黄天まさに立つべし! 歳は甲子に在りて、天下大吉とならん!」


 歓声が、一斉に響き渡った。

 漢王朝を潰す。

 それ以外、張角には考えられなかった。


 こうして、中華史上最大の農民一揆が始まった。

 後の世はこう記す。

黄巾こうきんの乱』と。

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