(2)乱世の奸雄
気を失った。恐らく、そう簡単には目を覚ますまいと、盧植は見ていた。
従者と衛兵が、駆け込んできた。
「将軍! おけがは?!」
「私は問題ない。だがな、戦が始まる。この者がその最たる証拠だ。この男は憲兵隊に引き渡せ。帝へ後に上奏する。戦支度が必要だからな」
全員が、拱手して出て行った。気を失った馬元義もまた、引きずられていく。
それを見送った後、一つ、壁の向こうへ意識を向けた。
「聞こえているのだろう、
そう言われ、天幕より男が一人出てきた。
自分より遙かに小柄な男だ。頭一つは小さい。
だが、眼に宿る覇気、風格、何もかもが、本物だと間違いなく分かる男だ。
「あなたのことです。最初から、私がいることに気付いていたのでしょう?」
「まぁな。君の気はそこら中から漂う。竜人でもいれば、その気の大きさは見てもらうといいさ」
「私も、会ってみたいものですよ、竜人にね」
そう言ってから、曹操は先ほどまで馬元義の座っていた椅子を再度立てて、座った。
自分もまた、椅子を立て直して曹操の対岸に座る。
「さて、戦ですね」
「私は辟易しているがね。太平道百万、それも元を正せば我々の民だ。それが反乱を起こすと言う事は、我々に元々の民を討てと、そう言っているのと同等だ」
「だが、討たねばなりますまい。むしろ私が問題にするのは、漢軍の士気の低さからくる、離反かと」
なるほどと、思わず思ってしまった。
漢軍の兵卒も、元を正せば民だ。だが、その民に漢王朝のために死ねと命令することが出来るのか、盧植にはそれが不安でたまらなかった。
同時に、それを嫌がって離反し、太平道に味方する者がいないとも限らない。
「そうなる前に、乱を終結させることか」
「それと、できる限り報酬をしっかりと出すことですな。私はそうします」
「実利主義の君らしい」
「財を放出するときには放出せねばなりません。時を誤れば、それは無駄金にしかなりません故」
「つまり、今が使いどき、というわけか」
曹操が、一つ頷いた。
自信に満ちた表情だ。
『治世の能臣、乱世の
この自信に満ちた表情を見ていると、その通りだと思えてしまう。
先天的に人を惹きつける不思議な魅力を持っている。それを持つ人物はなかなかいない。
しかし、そんな人物だからこそ、疑問が浮かぶ。
「乱世を、君は望むか? それとも、奸雄であることを望むか」
「私の天命に従うまでです。奸雄と呼ばれるのも、嫌いではないのですよ」
曹操が、一瞬不敵に笑った。
それを見て、思い出した男がいた。
恐らく、曹操に匹敵できるとすれば、この男がその最たる例になるだろうと、盧植が見ている男だった。
「なら、ひょっとしたら君に匹敵する男が、君の前に現れるかもしれん。私の教え子だった男だが、君にある意味で非常に似ているよ」
「ほぅ。ならば、是非会ってみたいものですな。その者の名は?」
「
「楽しみですな。その劉備とやらに会えるのかどうかが、です」
ふっと、曹操が笑った。
その男と会うことを、信じてやまない、そんな表情だ。
この男は、人に会うことがとにかく好きなのだろうと、そう思うには十分だった。
こういう男を中心に、乱世は起こるのだろうか。
そういう予感が、なんとなくしていた。
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