キスか言葉か

「いただきます」


「ん。召し上がれ召し上がれ」


 完成したナポリタンを食べつつ、神奈の相談とやらを聞く。


「倉野くんはさ、彼女いたことある?」


 いきなりえぐりに来やがったな、コイツ。


「ない。1回もない」


「じゃあ、出来たらいいなって思ったことは?」


「……そりゃまあ、少しは」


 嘘です。年中思ってます。

 カップルを見るたびに羨ましいと思うし、出来ることならリア充になりたいです。


「彼女できたらさ、やっぱりキ、キ、キスとかしたい……?」


 少し落ち着き始めていた神奈の顔の赤みが、再び復活し始める。

 パンツやおっぱで赤くなるのはまだしも、キスでこれとはよく彼氏ができたものだ。


「したいんじゃねえの?知らんけど」


「そうだよね……。やっぱ男子はしたいよね……」


「男子って言うか、女子でも大多数がしたいだろ。逆にしたくないのか?」


「は、は、恥ずかしいよっ……」


「それじゃあ、彼氏からキスしようって言われたら?」


「断る」


「……それで恋人関係って成立するのか?」


「しないよ」


「だよな」


「……」


「……」


 2人の間にしばらくの沈黙が流れる。

 その間、俺は頭の中でずっと考えていた。

 俺が結城 神奈という人間に抱いていたイメージと、目の前でナポリタンをちびちび食べている神奈の印象はだいぶ違う。

 明るい陽キャアスリートという一面は間違っていないのだろうが、ここまで純情女子だとは思わなかった。

 こんな奴が、本当に噂通り彼氏持ちなのだろうか。


 そして秒針が一周半したころ、俺たちは同時に口を開いた。


「あのね」


「あのさ」


「あ、ごめん。倉野くんからいいよ」


「いや、神奈からどうぞ」


「……」


「……」


 再び秒針一周分の沈黙。

 このままでは埒があかないので、俺から話を切り出す。


「あのさ、すっごい失礼なこと聞くけど」


「うん」


「俺ずっと、神奈は彼氏いるって噂で聞いてたんだけどさ。本当に彼氏いるのか?」


「うあっ……。やっぱりそう思うよね」


「まあ、ここまで男女の接触が苦手だとな」


 神奈はがっくりと肩を落とし、ぼそぼそと暗い声で呟いた。


「それでいつもフラれてしまうのです……。ついこの間も、うぅ……」


 お前もか。

 立花に続き、2日連続で失恋話を聞く羽目になるとは。

 俺がどう反応していいか分からずにいると、神奈は身振り手振りを交えて必死に力説した。


「だ、だって!キスとかその……BとかCとかって結婚してからって教わってきたよ!?それにそういう行為は双方の合意がないと!」


「まあ、言ってることは間違ってないな」


「だよね!?私、間違ってないよね!?」


「間違ってはないが、キスくらいはしたいものだろ」


「分かってるよ。分かってる。だけど、どうしてか出来なくって」


 神奈があまりにしょんぼりするので、その体が二回りくらい小さくなって見える。


「私って変かな……?」


 目に少し涙を溜めて、神奈が上目遣いに聞いてきた。

 申し訳ないけれど、快活少女の涙目下から目線はとてもかわいい。

 しかし、この状況において神奈がかわいいかはどうでもよくて。


「変っちゃ変だろ」


「やっぱり……?」


「変だな。でも、別に悪いとは思わない」


「どういうこと?」


「恋人関係にキスって必須条件じゃないだろ。あくまでも愛情を伝える手段であって、口で言うことでお互いが満足するならそれでもいいんじゃないかって」


 そう。キスはあくまでも一介の手段に過ぎない。

 めちゃくちゃ伝わりやすい手段ではあるが、上手くやれば言葉でも同等の愛情を伝えることが出来る。

 逆にキスが出来ても、言葉で上手く伝えられないと立花みたいな事態が起きる。

 俺自身に全く愛情を伝えた経験も伝えられた経験もないから、完璧に正しいかは分からないけれど、間違ってはいないはずだ。


「なるほど。倉野くんの考え方って面白いね」


「まあ、多少ひねくれてる自覚はある」


「ひねくれてるっていうか、言ってることは的を射てるのに妙にズレてるというか……」


「どっちなんだよ」


「あはっ。倉野くんになら、何でも相談出来ちゃいそうな気がする。私、結構友達多い自覚あったんだけど、まだこんなに面白い人と知り合ってなかったんだね」


「妙なリア充アピやめろ」


「あ、ごめんね?全然そういうつもりじゃ……」


「分かってる」


 話していれば分かる。

 神奈は良い奴だ。みんなから好かれるのも納得できる。

 だけど純粋すぎるのだ。

 純粋すぎるから、恋人ともう一歩を踏み出せない。

 誰かと深い関係になったことがない。

 それが良いか悪いかは別として、誰かと深く関わることに一種の憧れを抱いているのだろう。


 何でこんな偉そうに推察しているかと言えば、俺自身がそうだったから。

 恋人なし。どちらかといえばぼっち気味だったからこそ、何となく気持ちを想像してしまうのだ。

 その想像が的を射ているのか、妙にズレているのかは分からないけど。


「何か、倉野くんとは仲良くなれそうかな」


「そりゃどうも。俺も、お前には同じ波長を感じてる」


「それはどういう?」


「ん~。今は内緒かな」


「何それ。変なの」


「神奈ほどじゃない」


 神奈はそうかなぁ〜と少し不満げに、それでも笑っていた。

 そして次の瞬間には、ぽろぽろと涙をこぼし始める。

 おいおい、情緒不安定かよ。


「どした?」


「何か……倉野くんに話したら変に気が晴れたって言うか……。ホントに倉野くんって変だよね……うぐっ……ひぐっ……」


「褒めてんのか?」


「褒めてる……多分。とにかく、私は倉野くんと友達になれて良かったって思ってるってこと」


「いつの間に友達認定されたんだよ……」


「え?違うの?」


 これだからリア充は……と言いたいところだが、今のこいつは非リアか。

 しかし、一時的にリア充であった時点でリア充処女の俺とは一線を画す非リアだ。

 何だよリア充処女って。


「いいよ。友達で」


「ふふ。ありがと」


 神奈は涙を拭うとにっこり笑った。

 そしてさらに話を続ける。


「ついでにもう一つ、友達の倉野くんに相談があるんだけど」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る