ハプニング・パンツ

「だいぶ片付いてきたね」


 部屋を埋めていた段ボールが3分の1くらいになり、だいぶすっきりした部屋を見て、神奈が額の汗をぬぐった。


「本当にありがとうな。俺だけじゃここまで早く進まなかった」


「困った時はお互い様だよ。まだ終わってないけどね」


 残っているのは洋服類が入った段ボールだ。

 こいつらを片付け切れば、晴れて段ボール部屋とお別れできる。


「どうする?もうお昼過ぎてるし休憩する?」


「う~ん。そうだなぁ……」


 神奈は少し考えてから、胸の前で両手の拳をぎゅっと握って言った。


「もうちょっとだし、頑張っちゃおっか」


「了解。終わったら何かごちそうするよ」


「ほんと!?倉野くんの料理!?」


「お、おう」


 思いのほか食いつかれて俺は少しびっくりする。

 昨晩も神奈は美味しい美味しいと食べてくれていたし、相当気に入ってくれたようだ。

 素直に嬉しい。


「まずはこの箱から行こうか」


 神奈がいくつかの段に積まれた中で一番上の段ボールを開ける。

 と同時に、床に落ちていた雑巾を彼女の右足が踏みバランスを崩す。


「きゃっ!?」


 かわいい悲鳴を上げて転んだ神奈の上へ、持ち上げようとしていた段ボールがひっくり返った。

 何のいたずらか、その箱に入っていたのはパンツ。

 パンツ。英語で言えばUnderpants。男の大事な部分を守る大切な布である。


「びっくりし……」


 体を起こした神奈が自分に降ってきたモノの正体に気付いて固まる。

 見る見るうちにその顔が真っ赤になり、体が少しずつ震え出した。

 引っ越したばかりの部屋で、俺のパンツに埋もれた美少女と2人きり。

 人生史上、ここまで気まずい状況が他にあっただろうか。


「えっと……休憩にしようか」


 絞り出した俺の言葉に神奈が黙って頷いた。


 ※ ※ ※ ※


 神奈が部屋へ来る前に、近くのスーパーで食材を買ってきてある。

 問題は何を作るかだ。

 結構な力仕事だったし、お腹にたまるものがいいだろう。

 神奈は朝から走ってたしな。


「無難にナポリタンでいいか」


 パスタなら満腹感を得られるし、ベーコンとソーセージを入れればガッツリ感も出る。

 ナポリタンが嫌いという人はそうそういないだろうし。


 というわけで材料。

 麺、玉ねぎ、ベーコン、ソーセージ、ニンニク、ケチャップ、粉チーズ。

 ピーマンは俺が嫌いなので入れない。


 作り慣れたメニューなので迷うことなくぱっぱと仕上げていく。

 すると、具材にケチャップを絡めている俺の横へ神奈がやってきた。


「何かごめんね」


「いや、こちらこそごめん」


 同級生の女子を自分のパンツで埋もれさせるとか罪悪感がハンパじゃない。

 本当に申し訳ない。段ボールに大きな字で「パンツだ危険」と書いておくべきだった。


「もうお嫁に行けない……」


「そんなことはないだろ」


「だって倉野くんのパ、パ、パ……」


「パンツ?」


「うわああああああ!」


 そんなに嫌か。

 いやまあ嫌だろうけど、そこまで忌避されるとちょっと傷つく。


「あ、ごめんね。その、倉野くんのパンツが嫌っていうことじゃなくて」


「そこは嫌であって欲しいんだが?」


「違くて、男の子のパ、パ、パンちゅ……」


 噛んだ。

 噛んだことにより恥ずかしさが頂点へ到達したのか、神奈の顔が茹でダコ状態になる。

 これはもしかして、俺のパンツをかぶったことよりも「パンツ」という単語自体に反応している……?

 そう思った俺は、フライパンを振りながら意地悪を自覚で実験してみる。


「神奈」


「な、なに?」


「パンツ」


「ひああああ!」


「おっぱ……」


「ひゃああああああ!倉野くんそれ以上は、は、は、破廉恥だよっ!」


 よ~く分かった。

 神奈はパンツみたいな下系の単語に耐性がないのだ。

 現に今も、真っ赤な顔で口をパクパクさせている。

 さらに力が抜けて床に崩れ落ちたせいで、短パンの隙間がかなりきわどい状態だ。

 俺は慌てて目を逸らし、ちょうど茹で上がった麺をざるにあける。

 それをフライパンに投入したところで、ようやく神奈が立ち上がった。

 まだ顔は赤いが、その表情はさっきまでの慌てた感じではなく、何やら神妙な様子だ。


「あの、倉野くん」


「……はい」


 さすがに「おっぱ」はアウトだったか。これは怒られるな。

 しかし神奈は怒らず、むしろ俺に頼みごとをしてきた。


「ちょっと相談があるんだけど」


「何?」


「倉野くんは恋のABCって知ってる?」


「知ってるよ。Aがキス、Bが」


「い、言わなくていいからっ!」


 必死に俺の言葉を遮った神奈の顔は、また一段と赤みを増していた。

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