3人目の負けヒロインは引きこもってしまいました。

「河合さん?」


「そう。百合ちゃん」


 俺は式の司会をしている真面目そうな少女を思い出す。

 神奈の相談というのは、彼女に関することらしい。


「そういえば、終業式も休んでたっぽいな。どうかしたのか?」


「ん~、詳しいことは私も分からないんだけど。終業式の前々日あたりから部屋に引きこもっちゃってるんだよね。一切出てこないの」


「……それ、大丈夫な奴なのか?警察に言った方がいいんじゃ」


「一応、LANEの既読はつくんだよ。短いけど、返信も来てる」


「それじゃあ、生きてはいるのか」


「それは大丈夫」


 とは言っても、引きこもりが1週間近く続くとなれば不安だ。

 食事など生活環境の心配もある。


「俺もちょっと接触してみるよ。だけど、仲が良い神奈たちでどうにもできないなら、あまり俺に期待しないでくれよ?」


「うん。ありがと、倉野くん」


「管理人の仕事だと思えば何ともないからな」


「頼りにしてるよ」


 気が付けば、2人ともナポリタンを食べ終えている。

 俺が自分と神奈の皿を下げようとすると、逆に神奈が皿を手に取った。


「洗い物くらいさせてよ。スポンジと洗剤、もう出してあったよね?」


「悪いな。そしたら俺は、その間にあれを片付けておく」


 俺が指差す方へ神奈が視線を向け、そして固まった。

 床に散らばる色とりどりのパンツ。現場は事件当時のまま保存されています。


「わざわざ言わないでよ!」


 顔を真っ赤にして口をとんがらせる神奈。

 何だか面白いのでまた近いうちネタにしてやろうと思う下衆な俺であった。


 ※ ※ ※ ※


 神奈の協力もあって部屋が片付いた俺は、近くにあるショッピングモールへやってきていた。

 財布の中には「ご近所さんに挨拶の品を買いなさい」と渡された母親からの軍資金が入っている。

 今どきJKがもらって喜ぶものなど分からないので、無難な洋菓子の詰め合わせを買うことにした。

 ついでに片づけをしていて無いことが発覚した日用品を買い足し、本来の目的は終了。

 フードコートで甘いものでも食べて行くか。

 そう思って席に着くと、よく聞きなれた声がした。


「あれ?倉野くんじゃないですか。やあやあ、どもども」


「ん?ああ、土川か」


 あおぞら荘に住むメンバーの中で、ただ1人だけ入居前に俺が関わっていた女子。

 教室で隣の席に座る土川 春だ。


「お買い物?」


「そう。引っ越したばっかで足りないものとかも多くてな。そっちは?」


「私は漫画の新刊を買いにね。せっかく倉野くんを発見したことだし、私もフード―コートで休んでいこっかな」


 そういうと、土川は俺の向かいにある椅子に座った。


「何か頼んだの?」


「いや、まだ何も。ちょうど来たところだったから」


「それは悪いことをしたね。お詫びに私が注文してきてあげよう」


「奢ってはくれないんだな」


「奢ってほしいの?」


「冗談だ。フォーティーワンのチョコアイスを頼む」


「りょーかいでありますっ!」


 土川はピシッと敬礼するなりアイスショップへ歩き出した。

 持ってきてくれたアイスを受け取ってお金を渡し、ふと気になったことを聞いてみる。


「そういやさ、河合さんが引きこもってるって聞いたんだけど」


「ああ、そだよ。生きてはいるっぽいけどね。何で知ってるの?」


「神奈に荷ほどきを手伝ってもらって、その時に聞いた」


「へぇ……ん?神奈?倉野くんて、女子のこと下の名前で呼ぶタイプだっけ?」


「いや、なんか、そう呼べって言われたから」


 立花、荒崎さん、河合さん、土川というように、基本は名字で呼んでいる。

 だがしかし、下の名前で呼べと言われれば呼ばないこともない。めっちゃ緊張するけど。

 呼び捨てにしろと言われればしないこともない。めっちゃ緊張するけど。


「ふ~ん。じゃあさ、私のことも春って呼んでよ。ぶっちゃけ、私と倉野くんは結構仲の良い方だと思いまっせ?」


「ん~、いいけどさ。今更かよ」


「そう言わずにさ。それで、倉野くんは管理人として百合っちが気になってるわけだ」


「そういうこと。何で引きこもったか知ってるか?」


「ああっと、これ言っちゃっていいやつかなぁ。でも倉野くんなら他言しないかな……?」


 土川、改め春はしばらく悩んだあと、机に肘をついて手を口の横にやりごにょごにょと話し始めた。


「あのね」


「うん」


「百合っちに彼氏がいるのは知ってる?」


「噂は聞いたことある」


「その彼氏にさ、フラれちゃったんだよ。それで傷心の百合っちは引きこもっちゃったってわけ」


「……河合さんもかよ」


「その様子だと、璃奈ちんや神奈ちゃんの話は聞いたみたいだね?」


 俺は黙って頷く。

 入居者のうち3人が立て続けに失恋とは、あのアパート呪われてるんじゃないのか?

 おまけに管理人は年中非リアだし。


「ん~。ちょっと百合っちは2人とタイプが違いすぎるかなぁ。2人もクセは強めだけど、百合っちが一番対処しづらいかも」


「マジで?」


「マジで。ま、頑張ってよ」


 まるで他人事のように笑う土川。

 そう言えばコイツ、恋愛嫌いで有名だったな。

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