最下層:Neverland《ネバーランド》
第1話「Endless World」
『EWのオープンベータから一年が経過。死者は八千人を超え、未だにログアウト不可の状態。クリア者は未だゼロ。対策本部はプロゲーマーを派遣予定』
「……まだ、終わらないのか」
デスゲームが始まって一年後。
俺は毎日のようにネットニュースを漁り、EWの現状を確認し続ける。そこから得られた情報は『クリアをしなければログアウトができない』こと。『外部と遮断されているため、攻略に関する情報は一切ない』こと。
そして──
『派遣したプロゲーマーが十名死亡。未だクリア報告は無し。GMの人工知能は容疑者である赤峰陽介』
「赤峰……」
──自殺した赤峰陽介の人工知能がGMとしてEWに存在すること。
「……お前は俺を呼んでいるのか?」
部屋の隅に置いてある段ボール。その段ボールは一年前、実家に届いていたと母さんから手渡されたもの。中身は──今では手に入ることのない《
「覚悟を、決めるしかないな」
俺は液晶型の携帯を手に取り、母さんへと電話を掛ける。
『もしもし、春斗? どうしたのよ、急に電話なんて掛けてきて……』
「母さん、大事な話があるんだ」
『……陽介くんのことでしょ?』
「──!」
母さんは俺のことを見透かすようにそう尋ねてきた。驚きのあまり、次に出そうとしていた言葉が喉で詰まってしまう。
『お母さんには分かるのよ。家に荷物を届けたときね。春斗、すっごく暗い顔をしてたじゃない。陽介くんの件、色々とショックだったんでしょ?』
「……」
『春斗は、陽介くんと疎遠になっちゃったのをずーっと前から後悔してたわよね。それに進路を決めるとき……本当は大学じゃなくて、ゲームに関係する専門学校を選ぼうとしてたでしょ?』
「……! どうしてそれを……?」
『机の上に学校の資料が置きっぱなしだったわ。陽介くんがゲーム企業から内定を貰ったって聞いたから、春斗もそっちの道を選ぼうとした……もう一度、あの頃を取り戻したくて』
専門学校、もしくは大学。
本来であれば大学一本だったが、俺は赤峰のことを引きずりながら高校生活を歩むうちに、もう一度赤峰とゲームをしたいと考えるようになり、専門学校という選択肢が増えていた。
『でも春斗は大学を選んだわ。全部、お母さんの為よね。学費の負担がかからないようにって』
けれど専門学校に通うための学費は国公立とは比べ物にならないほど高額。母子家庭育ちの俺がそんな高望みはできない。だから国公立の良い大学を選び、ゲームへの道を、赤峰と出会える機会を──完全に切り捨てた。
『……ごめんね、春斗。お母さんのせいで春斗を無理させちゃって』
「違う、母さんが謝る必要なんてない! 俺は、俺はこれでいいと思って──」
『お母さんね』
必死に否定する俺の言葉を、母さんは少し強めの声でそう遮る。
『昔みたいに、春斗が陽介くんと家のリビングで一緒にゲームしている姿。いつか、いつの日かまた見れると思ってたの』
「……っ」
『中学生になっても、高校生になっても、大人になっても、この光景は変わらないんだって。心のどこかで、勝手にそう思い込んでた』
「……母さん」
『もうっ、見れないのねっ。春斗がっ、陽介くんと一緒にいる姿はっ……』
電話の向こうから聞こえてくるのは母さんの上擦った声。俺は何て声を掛ければいいのか分からず、携帯を強く握りしめる。
『春斗、詳しいことはよく分からないけど……ゲームの中に、陽介くんがいるのよね?』
「……うん」
『会いに、行くんでしょ? だからお母さんに電話を掛けてきた……違う?』
「ははっ……母さんには、やっぱり敵わないな……」
母さんに図星を突かれ、腹の底から空笑いしてしまう。
『……いいわよ、行ってきなさい春斗』
「いいの?」
『ええ、今の陽介くんを止められるのは、陽介くんと仲が良かった春斗しかいないもの。ゲームに巻き込まれた人たちを、助けてあげて』
「母さん……」
『心配しなくても大丈夫よ。だって春斗は──お母さんよりもゲーム上手じゃない』
「ふふっ……そう、だね……」
母さんに変わった励まし方をされ、今度は空笑いではなく心の底から笑った。
『ただ、お母さんと三つの約束をして』
「三つの約束?」
『一つ、困っている人を助けること。二つ、絶対に泣かないこと。三つ、絶対に帰ってくること』
「……分かった。約束するよ」
三つの約束を守ると母さんに誓い、俺はEWの機材へ視線を移す。
『それじゃあ……行ってらっしゃい、春斗』
「うん、行ってくる。それと──ありがとう」
『ええ……絶対に、絶対に帰ってくるのよ』
母さんとの電話が切れた後、指輪が装着された左手を強く握りしめながら、一度だけ強く頷く。
「……まずは
持ち主のあらゆる情報を保存してある指輪。今の時代でこの指輪を付けていない者はいない。それほどまでに普及している。
「そしてCRSを起動」
指輪の持ち主の体調管理を自動で行ってくれるシステム。このシステムが導入されたことで、医療機関による管理が非常に楽になったらしい。
「最後に……ゲームに投与された最新技術との同期」
指輪の情報や心拍数などを他の媒体へ同期させることが可能な最新技術。デスゲームを引き起こしたのは指輪との同期が原因。ゲームオーバーと共に指輪へ心肺停止の信号を送ることで多くの犠牲者を出してきた。
デスゲームにこの一人暮らしの部屋から参加するのは命を捨てる行為。もし現実で俺自身に被害が及んでも、誰も助けてはくれない。けれど、それも承知の上。
「これでEWを起動可能……か」
そして俺は機材の設定を終え、ベッドで仰向けになり、
「EW、起動──」
『承認。《
「──システム、シンク」
親友が作ったデスゲームへ身を投じた。
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