第16話 偽名の下のヴァーティカル

 アルボーグは呆気に取られていた。目の前にいる人間は、正にヴァルアーミそのものである。中性的で妙に気取った口調、一見子供にも見える矮躯、鮮やかな髪色、それらは彼の記憶の中に居るヴァルアーミと何ら変わらない。事実、「久しぶり」と言われたのだから。


「えっ、ヴァル……アーミ……さん?」

「ふふふ、驚いているだろう。まあまずは上がりたまえ。話はそれからさ」


室内には多くのモニターや金属製の大きな箱、束ねられたコード、その他多くのデバイス、ガジェットが散乱しており、煩雑な研究室といった雰囲気である。ヴォルヘールはアルボーグに部屋の中心に申し訳程度に置いてあるちゃぶ台に座る様促した。


「すまないね、汚くて。僕は天才だから、多少は多めに見てくれ」


アルボーグはよそよそしく床に座り、やおら口を開いた。


「えっと、あなた、ヴァルアーミさんじゃないんですか?」

「そうだよ。僕はエイセルノグローイツ・ヴァルアーミ・プラウディッパーだし、ヴォルヘール・ルーアでもある」


アルボーグはまたも思考が停止したかの様な表情をした。


「おいおい、そんな顔をするなよ。僕ほどじゃないにせよ君だって優秀な研究者だろ? 定型管理委員会にお縄になりかけるぐらいには、さ。だから推察出来ないかなあ。そりゃ僕レベルの思考を要求したりはしな……」


ツギがヴォルヘールの肩に大きな手を乗せ、後ろから見下ろしていた。


「先生?」

「お、おおう、すまなんだ」

「申し訳ない。先生はやたらと自惚れる癖があってな。まあ天才なのは事実だから困るんだが」

「やれやれ、事実を言って何が悪いのか」

「やかましいですね、チビの癖に」

「おいこらそれは言っちゃいけない約束だろこのデクノボー!」

「ほら、チビにチビって言うと怒るじゃないですか。事実を言ってるだけなのに」

「うーん、仕方ない。今回のところは勘弁してやろう」


その時、アルボーグは、この方は確かにヴァルアーミさんだ、と感じた。学術方面に関しては確かに文句なしの天才であり、重賞を取ろうと思えば取れるであろう人物である。また、自分の仲間に対してはしっかりと義理を通すので、根本的には悪い人ではないのかもしれない。しかしその一方で、そもそも性格面に難があり、皮肉屋、自己愛、怪しい倫理観などと言ったまあまあ厄介な傾向を持ち合わせている。その癖頑固で負けず嫌いなので定期的にカッとなる。しかしそれを続けるのも面倒くさいのか、多めに見てやるだの譲ってやるだの、負けを認めない捨て台詞を吐いて終わらせる。彼女は確かにそんな人物であった。


 ヴォルヘールは引き出されたまま放置されていたオフィスチェアをどかし、アルボーグの対面にどかりと胡座をかいて座った。ツギは彼女の隣に、長い足を折り畳み正座している。


「それで、だ。君が今疑問に思っていることは、僕はヴァルアーミなのか、そして、なぜ此処に居るのか、って話だろう」

「ええ。その通りです」


アルボーグは答えた。


「よーしならば説明しよう。ちょっと長くなるが、まあ辛抱して聞いてくれ」


ヴォルヘールは話し始めた。

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