第15話 鈍目の男

 アルボーグが、車を運転している。周辺には木骨造の建物が並ぶ、田舎とも都会ともつかない町である。この町に来るのが彼の目的ではあるのだが、実のところ目的地ははっきりとしていない。断片的な情報を辿り来たのである。

 ここはスツガヴル国。アルボーグは、ラルタルト王国とスツガヴル公国の間にあるクルス海峡を海底トンネルを使って渡ってきたのである。ラルタルト王国とスツガヴル公国は協定を結んでおり、その為二国間の往来が自由なのである。もちろん国境には警備員ぐらいは居るが、見るからに怪しいわけでもなければ大体通す。そのおかげで、アルボーグも特にあれこれ聞かれることもなく通過できたのである。勿論、最悪強引に通過する手段も考えていないわけでもない。

 さて、井戸端会議をしている女性二人を見かけたので、彼は話しかけることにした。現地の情報を知るのには適当である。彼は停車し、窓を開けた。あまり得意ではないスツガヴル語を使って話しかける。


「すみません、皆さん。少し聞きたいことがあります」

「あらどうしたの?」

「ここの周りに、ヴァルアーミさんって人は居ますか?」

「ヴァルアーミさん? あなた知ってる?」

「知らないわねえ。所でお兄さん何だってその方探してるの?」

「昔お世話になりました。多分、エンジニアです」

「エンジニアさんならここら辺にもいるわよ。聞いてみましょうか……あら、ツギさん! ちょうどいい所に」


自転車に乗っている通りすがりの男を女性が呼び止めた。その外見は異質である。頭部がモニターのような形状で、そのモニターの中心が下向きの半楕円の形に光っている、見た目からして人外の男である。額の部分には長めの庇が付いており、また、口部も金属で構成され、口角から人間で言う耳の部分にかけて直線が走っている。


「はい、どうかしましたか」


 ツギと呼ばれた男は、ざらついた低い声で答えた。近くで見ると身長は180cmを超えるであろう長身であり、肩幅も広い、黒色の長いマントを羽織り、その下には詰襟の暗い緑色の服を着ている。


「このお兄さんヴァルアーミって方探してるみたいでね、エンジニアらしいからあなた何か知らないかしら?」

「ヴァルアーミさん……ふむ、先生に聞いてみた方が良さそうですね。あなたのお名前は?」

「アルボーグです」

「では連絡してみますので、少々お待ちを」


ツギは四角い機械をこめかみに当てて通信を始めた。


「もしもし、先生。…………無駄話は置いといて。……えー、じゃないんですよ、全く。それで、アルボーグさんと言う方がヴァルアーミさんを探しているらしく……はいはい。…………え? ……はい。ですが…………まあ、そうですが。……それで、連れて来いって? ……はぁ、了解しました」


ツギはアルボーグの方に向き直った。


「申し遅れました、私、ツギと申します。ヴォルヘール先生、まあ、私の上司ですね。エンジニアなんですが、あなたに会いたいと言いまして、ご案内いたしますので助手席宜しいですか?」

「ええ、もちろんどうぞ」


 自転車をトランクに仕舞い、ツギを助手席に乗せ、アルボーグは運転を始める。ツギの案内を受けながらハンドルを切っていく。


「何処からいらっしゃったんですか?」

「ラルタルトです」

「ならばラルタルト語で話したほうがいいですかね」

「そうですね」


真っ直ぐな道を暫く走り、沈黙が続いた後、アルボーグが口を開いた。


「所でツギさん」

「何でしょう?」

「そんなに堅苦しい口調せんでも良いですよ。こんな若いヤツに」

「ははは。よく年上に見られるんですよね。まあ、こんな見た目をしてますが実は20代なんですよ」

「おっ、俺27歳なのでもしかしたらタメだったりしますかね?」

「かもしれませんね。色々ありまして正確な年齢がよく分からんのですよ」

「だったらタメ語で良くないか?」

「いやあ、この方が話しやすくてですね」

「俺だけタメ語ってのも癪に障るから両方にしよう。呼び捨てでいいからさ」

「仕方ないな、そうしようか、アルボーグ君」

「だな、ツギ」


暫く車を走らせると、町を抜け、鬱蒼とした林の様な場所に入った。


「後はこの道をまっすぐ5分ぐらい行けば着くんだが、舗装されてないから揺れに気をつけてくれ」

「了解」

「所で……いや、いいか」

「どうした?」

「いや、私こんな見た目してるとな、大体初めて会った方々には敬遠されるんだ。だが君はそう言うことがないもんだから不思議に思ってな」

「そうだなあ、正直少しビビったけど、知り合いに片目とか腕とか足とか似た様な奴がいるし、何より俺も義手だしな」

「成る程。まあ、少し嬉しいな」




「付いたぞ。そこにでも止めてくれ」

「おう」


 敷地内の空きスペースに駐車し、二人は降りた。そこには屋根も壁も所々錆び付いた青いトタンで出来ており、それが小高い山に少々めり込んでいる、決して綺麗とは言えない家が立っていた。天井と庭には薄っぺらい青色の板の様なものが設置されているほか、ひたすらファンが回転している機械、ガタガタと音をたてる四角い何かなど、珍妙な機械が数多く並んでいる。

 ツギが玄関のドアの横にあるボタンを押す。短いジングルが鳴り、内側から鍵が開けられた。


「やあやあツギ君、天才の僕が開けてやったぞ。ほらほらさっさと入りたまえドアを長い間開けておきたくないんだ」


そこには、長方形の眼鏡をかけ、ヘアバンドを付け、うねるオレンジ色の髪の一部をポニーテールにまとめた、身長150cmほどの小柄な女性が立っていた。長着を体に巻き、帯を結んで着付けたオレンジ色の服を着、下半身は薄いピンク色のブリーツスカートである。


「はいはいありがとうございます天才先生。後、来客がいらしゃるんですからちょっとは体裁を保ってくださいよ」

「おっと、これは失礼。そうだ来てたんだったな」


そして先生と呼ばれた女性はアルボーグの目の前に歩いて行き、話しかけた。


「どうも、僕はヴォルヘール・ルーア。久しぶりだねえ、アルボーグ君」

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