第14話 棒の外では笑えない

 白い車が、舗装されていない道路を走っている。周辺には、四角いブロックを高々と積み上げ、さらに横にも後付けの様に組み合わせ続けた様な、棒の様な集合住宅が乱立している。ここは、労働者階級と無産階級の中間の様な住民が住う地区である。

 ラルタルト王国は東と西で経済格差がある。首都がある東の方が経済規模が大きいのは勿論である。とはいえ、西の方も見るからに経済が遅れていると言うわけではなく、都市部はさほど変わらない。しかし、移民による貧困層の多さはそう簡単に隠せるものでもなく、スラムと言うほどでもないが、前述の小型の部屋を持つ集合住宅が雑然と立ち並んでいる。

 これら住宅はムント・アームヴァ棒の中と呼ばれ、移動は主に梯子とロープウェイで行う。何故この様な非効率な構造をしているかと言うと、ここでは量子式浮行靴と言う、両側に着いたエンジンの様なものから推進力を出して飛行する靴が普及しているのである。さほど裕福でない層にも行き渡っているのでかなり安価ではあるのだが、実のところ怪しげな非既製品が多い。しかし非既製品の単純所持で犯罪になるわけではなく、その他細かいところでグレーゾーンを突いているので定形管理委員会も取り締まりあぐねており、またそのような理由で裁判を起こすと世間的評判が悪化する恐れもある。

 男の車は決して高級ではないが、ムント・アームヴァ内の車は何れもみずぼらしいので、比較的上等な部類に入る。そのためか分からないがやたらと子供が追いかけたりしてくるが、特段迷惑な訳でもないので無視して進む。その後、彼は路地裏に入った。車幅が小さいので普通に走行出来る。その内、「ウルハーツ」と書いてある看板が掲げられている4、5階建ての建物に到着した。車を脇に止め、彼は入店した。

 一階の店内には機械が多く置いてあり、狭く、決して綺麗とは言い難い。奥のレジと思われる場所には15歳ぐらいの、側面の髪を刈り上げた若人が座っている。男は彼に話しかける。


「ちょっと失礼」

「はい、いらっしゃいませ」

「ここの店長と話したいんだけど、今大丈夫?」

「店長さんですか。はい、居ますよ。店長ー! お客さんが呼んでますよー」

「今行くぞー」


奥の方から返事が聞こえてきた。そしてしばらく待つと、レジ後ろのドアから、しわの付いたワイシャツを着た男性が現れた。

 店長は、身長がそこそこに高いが、線は細い。少々面長で顎に無精髭を生やし、茶髪を後ろで一つに束ね、ハンチング帽を被っている。


「はい、如何なさいましたか」

「ちょっと人探しをしてましてね、確かここの先代店長だったと思うんですが」

「先代店長……ヴァルアーミさんのことですか」

「そうです」

「とは言え、何だって彼女を?

「昔お世話になってましてね。諸事情でお会いしなければならなくなったんですよ」

「へぇー……ん? ちょっと待て」


店長が男をしっかりと見た。どこかで見覚えがあるらしい。


「失礼、人違いだったらすまないんだけど、君、アルボーグ君?」

「はい。あっもしかしてここの孤児院で生活してました?」

「そうそう。俺リタルシだけど、覚えてる?」

「リタルシ……あ、いたな! 道の隅っこでひたすら石積みしてた奴だ」

「覚えかたにちょっと不満点があるけど、まさか再会するとはね」

「いやあ」


二人は握手を交わした。この店は、かつて孤児の保護を行っていたのである。そもそもが反社会的な施設だったため捜査が入り孤児院の方は公的に処理されることになったが、店だけは未だ残っているのである。


「それで? ヴァルアーミさんを探してるのかい」

「そうだ。捕まったって話は知ってるんだが、他情報が無くてな。何か知らないか」

「それがね、あの方定型管理委員会にお縄に掛かっちゃってて、確かスツガヴルのアプロライ支部に強制送還されちゃったんだっけ? それで懲役食らった、って話までは委員会がしてくれたけど、その後は知らないな。ただ、居るとしたらスツガヴルだとは思う」

「スツガヴルか……アプロライってどの辺だろうか」

「ちょっと待って。地図開こう」


リタルシはカウンターの下から四つ折りにされた紙を取り出し、広げた。地図である。彼は地図の左側を指差しながら言う。


「ここが今いる所で、クルス海峡まで車で1時間強だね。それで、アプロライは……ここだ」

「スツガヴルの真ん中辺りか。となると、ここから3時間って見れば良いのか」

「そんなもんだろうね。ちょっと遠いな」

「よし、行ってこよう」

「行くのかい? 往復で帰ってくる頃にはもう真っ暗だよ?」

「いや、実はな……」


アルボーグは首に手を当てながら話す。右下を向き、苦笑いしている。


「俺、今ホームレスなんだわ」

「えっ? でも見た感じそうでもないけど」

「そりゃあ、そんなに長い時間やってるわけでもなし、金はあるからな。住んでた所が燃えちまったんだよ」

「あらら、それは災難だったね。大丈夫?」


アルボーグは左腕を右手で叩いた。


「見ての通りピンピンしてるぞ」

「何処か頼れる所は無かったのかい?」

「いやー無いんだわ。んでそんなもんだから家が無くてな、別にホームレスでも昔経験した事あるから生きてけるんだが、失うもの特にない訳だし、せっかくだからヴァルアーミさんに会うだけ会ってみたいな、と思ってなけなしの有り金持って旅してるってわけだよ」

「なるほどね。確かに僕もヴァルアーミさんのことは気になるな。あと、もし何かあったら僕を頼っていいからね」

「ありがとう。何か分かったら連絡する」

「まあ、とりあえずお昼でも食べていきなよ」

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