第二章「偽狂科学者」エイセルノグローイツ・ヴァルアーミ・プラウディッパー

第13話 或る男の旅

 男が、川で足を洗っている。川沿いには鉄筋コンクリートの家々が立ち並び、舗装された道路が通っている。道路は一見石畳のようだが、その実コンクリートブロックを敷き詰めた、インターロッキングブロック舗装である。特段天災が多い方ではないが、埋立地、かつ観光地でもあると言うことで、外見と地盤沈下緩和の両方を目的として採用されているのである。なお、もう少し内陸に行くと、直方体のブロックを敷き詰め、間にアスファルトを流し込んだ自然石舗装が行われている。

 人々はただひたすらに街を行き交い、徒に太陽は沈んでいく。休日の夕刻、さらに観光地となれば、行き交う人々が増えるのは当たり前である。その中で男は一人で川辺の階段に座している。彼を気にする人間はここには居ない。寧ろその方が彼にとっては都合が良いのだろうが、例い話しかけられてもそれほどの問題はない。

 男は、キャップを被り、青色のフード付きジャケットを着ている。見た目としては、何処にでもいる青年である。友人と夜の町に繰り出し、酒を飲んで帰ると言う、陳腐な風景を構成する材料になり得るだろう。

 男は腰を上げ、歩き出す。そのまま駐車場に向かい、白色の四角い小型自動車に乗った。自動車とは言ってもエンジンはクアンタム・エネルギーである。高性能な媒質を独自に積んでいるため、スペックとしてはかなり高い。なお、違法改造かどうかについてはグレーである。許可が得られていないシステムを組み込むのは違反であるが、システムはそのままに内部構造のみを改造しているのだ。もし、裁判を起こされたならば負けるであろうが。そもそも、車検を取るにせよわざわざ内部構造まで根掘り葉掘り確認することもない。

 自動車を走らせ、彼は西に向かう。最終目的地までの道中において特に寄るべき場所もないが、そろそろ飯と寝床を確保すべき時間帯である。基本的には車中泊だが、どこかしらの店舗の駐車場に夜中長時間停車していると目をつけられる上、彼としてもあまり良い気分ではないため、パーキングに駐車することにしている。

 さて空も暗くなってきた頃、彼は適当な飲食店に寄ることにした。ネオンサインの様なパイプ状の看板が赤く光っており、壁は少々錆びついている。先程彼が調べた結果、それなりに安いとの情報があったため、夕食を済ませることにしたのである。


「らっしゃいやせー」


 入店すると、スキンヘッドの中年男性がカウンターからそう言った。L字型のカウンターとテーブルが2席置いてある、こぢんまりとした店である。テーブル・カウンター共に金属製であり、壁にもまたパイプ状の照明が付けられている。クアンタム・エネルギーの構造上、照明はこの形状が都合が良いのだ。それらのパイプは一つの太いパイプに合流した後、何やら大きな、前面が透明で流動する内部が見られる箱に繋がっている。

 彼は料理を頼む。


「注文いいですか」

「あい何でしょう」

「ハーッツブルットスと、ウシツルンポを」

「承知」


ハーッツブルットスとは、穀物を粉にして発行させたもの、つまるところパンである。ウシツルンポとは、かつて労働者が食材を片っ端から鍋に入れて、魚を発酵させたソースで煮込んだ料理を起源とする汁物である。これらはどちらも安価な庶民食として認識されており、比較的多くの飲食店にメニューがある。

 数分待つと、料理が運ばれてくる。ごく普通の、現地人ならば見慣れた料理である。味もごく普通であるが、彼からすれば食えれば何でも良い訳であり、さほどこだわる気もないので満足である。

 店長が話しかけてくる。


「兄ちゃん、一人で観光にでも来たかい」

「いやあ、俺は旅の身です」

「おお、そうかい。どこまで行くんだ?」

「イキメッライまで」

「西の方だな。高速列車か?」

「いえ、車です」

「おお、そうかそうか。大変だろう」

「ですね」

「しかしまた何でもって車で?」

「あー、まあちょっと事情がありましてね」

「もしかしてまずいこと聞いたか?」

「いえいえ、お気になさらず」


あれやこれやと言葉を交わすうちに食事は終わり、彼は席を立った。

車は、また夜の道を走り抜けて行く。

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