第4話 アプローライチュース
キカヤカが位置している街から少し離れた小高い山の中に、アプローライチュースと言う、信仰対象を祀るもの、と認識されている建造物——図書館を兼ねている——がある。長いのでローライと略される。しかしここには神は居ない。居るのは亜眷と言う、後天的に、神からクアンタム・エネルギーを扱う能力と地位を賜った者である。その亜眷こそ、かのヴィーラント・スミートである。彼女は一応は神に近しい存在である為、信仰を集めてはいるが、これは物理的利益がない只の精神的安定を享受するだけのものでは決してない。勿論、宗教的施設も兼ねているので、純粋な精神上の信仰から彼らを援助する人間が居ないわけでは無い。そもそも、一般人が神と亜眷の違いを理解しているかと問われれば、それこそ微妙な所である。
さて、このローライは、まず警備員が監視している門をくぐると、そこには木製の歩道があり、左右には少々広葉樹が混在した針葉樹林が広がっている。そして正面、それほど遠く無い所に石材による壁体を持つ木骨造の建造物がある。ここは訪れたものが祈りを捧げたり、賽銭を入れる場、言うならば拝殿であるり、その前の広場では従業員が清掃をしている。その左には同じ様な二階建ての建造物があるが、ここは図書館である。図書館としては簡便であるが。拝殿の裏からは直線の廊下がある。この廊下の壁はガラス製の扉、と言うより引き窓であるが、ほとんど動かさないのもあってか立て付けが悪い。その廊下を抜けると、吹き抜けになっている、天井の高い、同じく石材木骨造の建物がある。この建物はスギの様な樹木を囲っており、実際のところこの樹木が信仰対象になっていたりもする。なお、樹木が高いのもあってか天井からはみ出しているが、この樹木は不思議なもので雷でも燃えず、むしろ害をなす物に自衛を働いているのではと見受けられる行動をする。この建物には地下があり、部屋の隅に斜めに設置された床下収納の様な扉を開けると、階段がある。この階段を降りると、数多くの書物などが整然と配置された棚が数多く、そのスケールは、例えばここを背景に写真を撮ったとすれば、その写真が被写体の博識と権威を表現する上で満足であろう。さらに壁にはパイプの様なものが張り巡らされている、図書館の様な部屋がある。そこで、例の巫女が待っていた。
「お邪魔します」
「お、セヴァか」
「どうも、お久しぶりですね、巫女さん」
この巫女と呼ばれている女性——名実共に巫女である——は、ヴェド・ルーアと言う。彼女は分厚い本を読んでいたが、それをパタリと閉じ、左手に持ち直した。
「最近、商売の調子はどうなんだ、セヴァ」
「ちょっと前にピークシーズン終わったので最近は落ち着いてますね。優秀な従業員もいますしね」
「うちも何かあったら呼ぶからな、よろしく頼むぞ」
「ええ、勿論。守銭奴なので」
セヴァが自嘲気味に笑った。
二人が世間話をしている間、神主が茶を持って来た。色は薄くもなく濃くもなく、ごく普通の緑茶である。しかし、温度は適当に温かい。低めの机を囲う赤いソファに4人が座った。ラントはほとんど肘をついて寝転がっているが、身長が低いので対して邪魔にはならない。
「それで、またエルギナスジュ不定形面が不安定なんですよね?」
「何それ?」
ラントが聞いた。本当に分からないのか、分かってでの上で聞いているのか。
「えーっと、巫女さん、よろしくお願いします」
「エルギナスジュ不定形面と言うのは、クアンタム空間、要するに多次元方向への空間の広がりだが、そこから真空のエネルギーを引っ張ってくる時には抵抗があり、その抵抗の原因になる境だ。そこが不安定だと、先のファルバラータの様な不定形面常在強権概念が増える」
「なるほど、完全に理解した」
「はあ……」
「いやいや、流石に少しは理解したよ」
ラントはついに完全に寝転がっている。やはり見た目はただの生意気な童女だが、仮にも神主と巫女からすれば上位存在なのでそれほど厳格に注意するわけではない。神主が口を開いた。
「それで定形管理委員会から命令が来たと。成る程、久々の出張ですかな。こちらのほうはヴォルヘールさんらに任せるとして」
「え? また僕も何処かに行く事になるんですか? まあ暫く暇ですけど」
「それなら問題ないですね。巫女さん、詳細な情報は来ましたか?」
「ああ来たぞ。と言うか、それが本題だ」
巫女は小さいフロッピーディスクのようなものを取り出した。それをスリットのついた置き型時計のようなものに刺し、画像を空中に描写した。神主が読み上げる。
「えーっと、メインはファルバラータの防衛、要注意団体『ガンテア』の調査。場所は……」
「どうしました? 神主さん」
「ヨルグ……」
神主と巫女は神妙な顔つきをした。しかし、ラントは、ソファーの上でよだれを垂らして眠っている。
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