ex2 いつか貴方と奏でた歌を

 

 間違いない。

 現世で、『彼』がしょっちゅう口ずさんでいた歌。

 私と一緒に、何かあれば歌っていた歌。

 ピアノがある時はピアノで、笛がある時は笛で、何もない時は自分たちの声で。

 私がとても落ち込んだ時も、逆に彼がゲンナリしてしまった時も。

 その歌を奏でれば、少しだけ元気を取り戻せた気がした。そんな、癒しの歌。

 最初はド下手だったけど、彼も自分で歌ううちに、いつのまにか私よりうまくなっちゃったんだっけ。



 だけど。

 だけど、でも。

 今、そのメロディーを奏でているのは、『彼』じゃない。

『彼』だと名乗る、この、得体の知れない親父。



「……なんであんたが」



 気づいた時、私の口から飛び出していたのは、呻きにも似たそんな呟き。

 自分でも分かる。明らかに私は、人を殺しかねない視線で親父を睨みつけている。

 なんであんたなんかが――

 その歌を知ってるの。



 でも。

 そのメロディーを聴いていると、浮かんでくる。

 親父に重なるように、何かが。

 それは――

 心配そうに私を見上げる、あの『彼』の表情。

 いつもの笑顔を曇らせて、肩を落としながら私を見ている。



 カイトも不思議そうな眼差しで、思わず親父のオルゴールを覗き込んでいた。


「へぇ~……綺麗な曲だな。

 これ、どこで?」

「はぁ。私にもよく分からんのですが……

 私の親父のそのまた親父の代から受け継がれてきた、貴重品だそうで。

 どうも、神さえも癒す歌が刻まれとるという話です。魔物を遠ざける効果もあるようで、道中で何度も助けられたもんですよ。

 なもんで、どんなにひもじい思いをしても、これだけはどうしても売れなくてねぇ」



 いや、違う。違うってば。

 この親父が『彼』のはずがない。

 私はぶんぶん頭を振り、その幻影を振り払う。

 でも、その優しいメロディーは、何故か心の奥底に響いてくる。


 そう。この歌は元々、去ってしまった者を慈しむ愛の歌でもあり。

 同時に、取り残された者たちの心の傷を癒す歌でもあった。


 彼との思い出の歌を、この親父が奏でているという事実には腹が立つけど――

 それでも、彼がほんの少しだけ、近くに来てくれたような。

 そんな錯覚さえする。



 私は思わず腰を上げていた――オルゴールに惹かれるように。

 だが、その時。



 突然の縦揺れが、どぉんという轟音と共に部屋全体を襲った。

 全員が何事かと思わず身を屈めたところへ、警備兵の一人が駆け込んでくる。


「皆さん! き、緊急事態です!

 数分前、南の砂漠地帯に真っ赤な巨大蛇が出現しました。

 群れをなして城壁のすぐそばまで迫ってます!!」



 *****



 素早い指示で住民たちを避難させていくサイガ。

 そして私は南の城壁まで急ぐ。うさ耳天使も、何故か慌てふためいて私にくっついてきた。

 街は城壁で取り囲まれているが、その南方には広大な荒れ地、というか砂漠が延々と広がっている。

 モンスターの襲撃が起こるのは大抵、まだまだ開拓の進まないこの砂漠からだった。


 街の宮殿よりも高くそびえ立つ城壁。その天辺に登り、南を見渡すと――


「ぎ、ギャァアアァ~~!?

 あ、あいつら、緋の大蛇ですよお~!!」


 うさ耳天使が文字通り飛び上がり、甲高い悲鳴を上げる。

 それもそのはず、城壁とそう変わらない体長の真っ赤な巨大蛇が、どうどうと砂塵を巻き上げながら街のすぐそばまで迫っているのだ。

 それも1匹ではなく、3匹も。


 それでも私は城壁の天辺でふんぞりかえる。

 このくらいのモンスター襲撃は、日常茶飯事だ。


「だいじょーぶ、サイガがもう先遣隊を出発させてるから!

 あんたや神様たちの推してくるマリーちゃんだのリディちゃんだの暁の女帝ちゃんだのを適当に編成してりゃ、私がなーんもしなくてもだいたい何とかなってるからね」

「そんな無茶な……

 最近は適当にやってるだけじゃ、結構苦戦する時も多いみたいですよ?

 敵さんの防御力がアホみたいに高くなって、最強の騎士の一撃でも沈められないってことも増えてきたじゃないですか」

「だから、だいじょーぶだっての。

 こっちには、虎の子の推し部隊がいるんだから♪」


 ふんと鼻息を荒くする私に、思わず青くなる天使。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。

 推し部隊って……まさか」


 待ってましたとばかりに城門を開き、颯爽と駆け出していったのは、私の最強推し部隊。

 それは勿論、サイガを隊長に、パッセロ君とカイトを加えた超精鋭部隊だ。

 今そこには、何故かあの親父も加わっている。


「私はイヤだったけど、実戦でどれほど出来るものか見たいって、サイガが言うからしょうがないよね~♪」

「しょうがないよね……じゃないですよぉ!

 サイガさんや親父さんはともかくとして、パッセロ君はまだまだ新人ですし!

 しかも未だにあの、どーしよーもない産廃盗賊入れてるってどーいう了見……

 もぐふぁッ!!?」


 アホウサギの顎に思いきり肘鉄を食らわすと、私は城壁の上から状況を見守った。

 既に先遣隊が、巨大蛇3匹のうち2匹を砂に沈めている。

 さすがは、神様の推し部隊というべきか。私がなんにも指示しなくても、勝手に敵をやっつけてくれる。


 そうこうしているうちに、大蛇は猛然と街へ迫ってきた。

 この街で一番強い獣王の槍を構え、それを正面から迎え撃つサイガ。

 そんな彼を狙い、大きく首をもたげる大蛇。


 ――しかし、その瞬間を狙いすましたかのように。


「今だ、パッセロ!」

「分かってます、カイトさん!」


 霧隠れの術を使い、大気中に身を隠していたカイトとパッセロ君。

 その二人が大蛇の右と左から突如姿を現し、サイガに襲いかかろうとしていた大蛇に奇襲をかけていく。


「ふふ~ん♪

 これこそ我が推し部隊必勝の、霧氷舞の陣よ!」

「はぁ……」


 ちょっと腫れた顎を押さえながら、ジト目で私を見るうさ耳天使。

 その陣名今考えただろと言いたげだ。実際、今考えたんだけど。

 カイトとパッセロ君の奇襲によって敵の防御を崩し、サイガが一気に槍でとどめを刺す。

 これがいつもの必勝戦法。このパターンに持ち込めれば、こんなの楽勝……



 だった、はずなんだけど。



 不意に、パッセロ君の悲鳴が響いた。


「まずいです、サイガさん!

 この蛇、鱗が硬すぎて容易に攻撃が通りません!」


 そう叫んだパッセロ君の剣は、既に刃がこぼれかかっているのが城壁から見ても分かった。

 こいつ、またこのタイプか。

 最近の敵は、普通なら一撃で倒れるような攻撃をしかけても殆どダメージが通らないようなタイプが多い。何度も攻撃を繰り返して防御を破壊し、ようやくまともにダメージを与えられるようになる、そんなタイプ。

 だからこそ、4連撃とか5連撃とかの激しい攻撃が出来る奴らが余計に重宝されるってワケ。で、カイトみたいな昔からの仲間は、こういう敵にどんどん追いやられてるわけで……

 そのカイトも短剣を構えながら、唇を舐める。


「それに……意外とこいつ、スピードもヤバイ!

 ただ攻撃してたんじゃ、急所全部避けられるぞ!」


 そんな状況から、サイガはすぐに指示を下した。


「それなら防御とスピード、両方を何とかしなければ……

 カイト、君はこいつの足を止めてくれ。パッセロと僕で防御を砕く!」

「OK!」「分かりました!」


 そして、後ろからやっと追いついてきた親父。足の遅さまで「彼」そっくりなんて、腹立つ。

 その親父が、サイガに尋ねた。


「あ、あのぅ、私はぁ……?」

「貴方は出来る限り、全員に支援術を頼みます!」


 そう言うが早いか、サイガは猛然と槍で大蛇に飛びかかった。

 パッセロ君も必死に剣で斬りかかる。

 何度も何度も大蛇の腹めがけて攻撃を繰り出すが、なかなか致命傷には至らない。あの図体で、どんな回避能力してんだ。


「全く、アホみたいなデカさの癖してチョコマカ避けやがって!

 でも、そいつもここまでだ! 俺の技で、止めてやる!」


 そう言い放ち、カイトが正面に短剣を構え、一気に走り出す。

 この瞬発力に関して言えば、今でもカイトに勝てる奴はそうそういない。

 砂を蹴り上げて跳躍したかと思うと、次の瞬間にはもう敵の懐まで飛び込んでいた。

 縦横無尽に蛇の腹部を切り裂くカイト。


「ほら、見なさいよ!

 カイトだってちゃーんと使える奴なんだから!」

「は、はぁ……」


 ふんぞり返る私を、ジト目をさらにジト目にして睨む天使。

 あと一撃加えれば、敵の神経中枢を麻痺させて動きを止められるところまで来た

 ――しかし、その瞬間。

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