ex1 奇跡は起こらないから奇跡である

 

「……うん……そうだよね……

 んなこったろうと思った」



 相変わらずお祭り騒ぎの街。

 その中心に建てられた宮殿。

 そのさらなる中心、王の間とも言うべき場所で――



 私は完全に不貞腐れながら、アニメかゲームでしか見ないようなキンキラの装飾のついた真っ赤な玉座(に似たソファ)で横になっていた。

 そんな私を見守るのはサイガ、パッセロ、そしてカイト。

 私の推し3人が、一様に困り果てた顔でこの状況を見守っている。

 ついでに、例のアホ駄天使も。


 そんな私たちの目の前にいるのは――


 緑のハンチング帽と髭と眼鏡で表情をほぼ隠した、痩せぎすの中年親父。

 私が求め続けた『彼』ではないはずなのに、『彼』だと名乗る、得体の知れないクソ親父。


 アホウサギによれば、これこそが本物の『彼』であり、私の求めた『彼』はそのコピーに過ぎないのだという。

 その経過は……もう語るのも嫌になってくるから、前までの話を読んでとしか言えない。



 あの後、カイトたちに励まされ、私は召喚の場に立ち会った。

 ――何が起こっても、この世界の運命は私の決断に任せる。

 そんな彼らの覚悟に、私も心を決めて。

 ほぼ無理だと分かっていても、心のどこかで奇跡を期待して。



 ――でも、奇跡は起こらなかった。

 今、この親父の姿を見ると、まざまざと現実を思い知らされる。

 結局神々に選ばれたのは、私の愛する『彼』ではなく、あくまで『彼』のオリジナルたるこの親父なのだと。



「あのぅ、なんか……大変申し訳ございません。

 私が何をしたんだかよく分からんですが、とりあえずお祭り中ですし?

 どうか、機嫌直してくださいよ」



 親父は本当に申し訳なさそうに耳のあたりを掻きながら、私に声をかける。

 その口調が、さらに私を苛立たせた。

 だってその口調は――

 私の愛する『彼』、そのものだったから。



 私は思わず顔を上げ、アホ天使を睨む。

 視線だけでヤツを焼き殺せたら。本気でそう思った。

 しかし天使は恐れをなしてびくりと跳ねあがりはしたものの、必死で抗弁してくる。


「あぁ、やっぱり……またキメラだろとか言いたいんですか?

 これでも前回よりは、かなりカレに近い感じにしたんですよ? 

 メッチャ努力してるんです、こっちだって。分かってくださいよ~」


 確かに、今の親父の口調は――

 前回の召喚時とは違い、大分『彼』に近いものにはなっている。

 喋りも流暢になっているし、鳥が絞め殺される時のような不自然な高音ではなく、ほどよく聞きやすい声に――


 ――

 ――――いや。


 違う。それでもこいつは違う。違うったら違う。

 私の愛する『彼』と、元のオリジナルたる親父を無理矢理かけあわせて邪神どもが作り出したキメラ。その事実に違いはない。


 いつも冷静沈着なサイガでさえ、この状況にはやや困惑しているのか。

 しきりと眼鏡を直しながら、無意識にその短髪を片手で掻いていた。



「確かに、貴方の無念は分かります。しかし――

 彼の能力そのものは、この世界においては貴重なものです。

 今までのように送り返してしまうのは、非常に惜しいと思いますよ」



 あんたまで何を言い出すの――思わずサイガを睨みつけたが。

 確かに、彼の言葉もまた事実だった。

 この親父の能力は、味方の攻撃力を上げる支援型。つまりバフ役なのだが――

 こいつが持っていたバフの能力は、単純に攻撃力を上げるというものではなく。

 こちらが苦手とする属性の敵に対しても、相性を反転させてこちらの得意属性にしてしまうという、ちょっと反則級のバフだ。

 例えば、水棲系モンスターに対して火術は通常効きにくく、単に攻撃力を上げる術をかけてもなかなか攻撃が通らない。しかしこのタイプの支援術をかけると、苦手属性が得意属性に早変わり。水棲系モンスターであっても、まるで紙のようにゴウゴウと面白いくらいに燃えてしまう。

 勿論得意属性の敵相手でも、反転して苦手属性になるなんてことはなく、そのまま非常に強力な支援術となる。

 唯一の弱点としては、得意でも苦手でもない属性、例えば火属性の敵に対してこのバフをかけた火術を使っても、殆ど無意味という点ぐらいだろうか。



「そ、それに」普段真面目なパッセロ君が、おずおずと口を挟んできた。

「この方、前の世界では旅商人だったようで。

 戦闘の後って、モンスターがよくお宝を落としますよね。

 そのお宝、彼がついてきてくれると、今までより効率的に換金できるんです」


 そんなパッセロ君の言葉に、サイガが眼鏡をキラリと光らせた。


「本当かい、パッセロ。

 もしそうなら、この街の運営には欠かせない人材だよ」

「はい。実は先ほど僕、まだお金に替えていなかったお宝を見てもらったんですが……

 今まで100ゴール程度でしか売れなかった濁龍の尾骨、本来は130ゴールほどするそうです。

 多分、彼についてきてもらえば、より有利に売買交渉を進められるかと」


 サイガとパッセロ君はお互いじいっと顔を見合わせ――

 そして当然、私にその視線を向ける。

 超有能親父じゃないか。二人の目が、そう言っていた。


 ――確かにその交渉術も支援能力も、この世界には貴重なものだ。

 でも……でも、だからって、私は!!


 いくらサイガやパッセロ君に言われても、そう簡単に受け入れられるわけがない。

 この親父を受け入れることは、最愛の『彼』を諦めると同義だ。

 この親父の存在を認めることは、『彼』を見捨てるも同然で――


 親父を視界に入れるのすら嫌で、視線を背けてしまった私。

 そんな私の心情を察したかのように、カイトの声が割り込んだ。


「ちょっと待てよ。

 それでも、今回もまた神さんたちが裏切ったのは確かだろ?

 こいつの気持ちをさ……」


 腕組みしながらじっと私を見つめるカイト。


「いくら能力が高いからって、その事実が帳消しになるわけじゃないぜ。

 いや、能力が下手に高いからこそ、こいつも俺らも悩むことになってる」


 そんなカイトを、ここぞとばかりにアホ天使が冷やかした。


「またまたぁ~

 貴方、嫉妬はいけませんねぇ嫉妬は。

 自分の立場がますます悪くなりそうだからって、せっかくの有能人材を……」

「俺はんなこと言ってんじゃねぇ」


 カイトがそんなつもりで言ったのではないことぐらいは分かっている。

 いつもだったらアホウサギにドロップキックの一つでもお見舞いしているところだが、今の私はそんな気力もなく、ただ大きな玉座(を模した椅子)にゲンナリと横になるしかなかった。


 しかしそんな私に、また声がかかってくる。

 あの親父の――

 ともすれば、あの『彼』の声かと思わせるような、比較的高めの声が。



「こんな時に、大変申し訳ないんですが……

 ちょっとこいつを、聴いていただけませんかねぇ?」



 そう言いながら、おもむろに懐から何かを取り出す親父。

 何となくカイトたちの視線を感じ、仕方なく私はもう一度顔を上げる。

 見るとそれは、若葉色に塗られた小さな四角い箱だった。

 箱の周囲には赤青紫、宝石にも似た大小様々な色とりどりの硝子が無数に埋め込まれ、可愛らしい花や星の模様を作っている。

 キラキラ光る装飾の蓋が開かれると、そこに現れたのは――


 小さな突起がたくさんついた、銀色に輝く金属製の円筒。

 櫛にも似た、細かな無数の金属板も見える。

 現世でも似たものを見たことがある。これは――


「これは、オルゴールですね。

 それも、貴重な虹玉こうぎょく石を使っている……?」


 サイガが眼鏡を少し上げながら、興味津々で覗き込んだ。

 そして、親父の手元でオルゴールが自然に、音色を奏でだす。


「……?」


 その音色には――

 確かに、聴き覚えがあった。


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